サラノキの下で

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左近は寂しそうに笑った。

「とにかくお骨は私がお預かりいたします」

一歩近づいた左近に、初めてこの男を怖いと感じて瑞穂は身を固くした。それは手に握られた銃のせいばかりではなく、彼のもつ気配そのものに『何か』を感じたからだった。

「誰かが終わらせなければ、きっとこの悪循環はずっと続く。瑞穂さま。あなたには、私のような思いをさせたくない」

銃口が彼女に向けられた。

かちりと音を立てる安全装置。

一歩ずつ瑞穂に近づく男に、瑞穂は半歩下がった。そして耳の後ろで誰かが「あなたのためなら死ねるよ。何度だって」と囁いたような気がした。過去と現在の時空がどこかで崩れて、彼女まわりだけが、異質の空間のように取り残されているのかもしれない。

「こちらに、それを渡してください」

無表情に左近は左手を差し出した。瑞穂もまた出来る限り感情を殺した瞳を彼に向ける。

「人を殺したんですか。殺してないんですか」

それに、ごくりと唾を左近の方が鳴らした。

「たぶん、殺したんでしょう。けれど記憶にない」

瑞穂は怒ったように彼を睨んだ。

「ふざけないでください」

「時々、私は記憶を失うのです。昔からです」

早く渡してくれてと、左近は手が届くほどまで瑞穂に近づいた。彼女は眉をつり上げた。

「それで左近さんはこれからどうするつもりなんですか」

「そんなことはどうでもいいことです」

「どうでもよくなんかない。銃を渡してくれたら、私も骨を渡します。あとは左近さんの好きにしてもいいですから」

今度は瑞穂の方が掌を前に広げた。左近は、瞳を左右に揺らし迷いをみせたが、じりじりと後ろから秀盛と清人が近づくと、再びそれを一点に定め、銃を持っていた手を握り直した。銃口を自分自身の頭に向けたのだ。

「瑞穂さま、早くそれを渡してください」

「瑞穂、早く渡せ!」

秀盛が後ろから叫んだ。

瑞穂は天叢雲剣をきつく握りしめた。確か、かつても同じように握ったことがある。その時は、既にその人は帰らぬ人となっていた。

——玲司...。

瑞穂は自分の足下を見た。

道を挟んだ森がざわめいて、彼を闇の中に引きずり込みたがっている。今、こちら側に左近を戻さなければ、きっと後悔することになる。

「渡します。だから、銃をせめて下ろしてください」

ゆっくりと左近を見据え、ゴミ袋に骨を戻すと、瑞穂はそれを地べたに置いた。手から離れて行く骨に、彼女は、固く繋いでいた指先と指先が離れていった過去を感じた。離れたくない、放したくない。一人だけにされてしまうのは怖い。玲司と別れた時の感覚は未だに魂に奥底に刻まれたまま存在している。しかし、瑞穂は拳を握って、それを堪えた。

「今度は左近さんの番です」

真っ直ぐに見据えた少女に左近は、拳銃を持ったまま深く息を吸った。乱れた心臓の鼓動を必死に整えようとしているように。

「渡してください」

ゆっくりと下げられていく銃に、瑞穂は頬を緩めかけた。が、直ぐにそれは引きつった。左近の顔色がみるみる苦痛に歪んでいったからだった。

「左近さん?」

首を掻きむしるようにしたかと思うと、彼は地べたに這いずり始めた。とっさに『心臓発作』かと思ったが、そんな都合のよいことは起こるはずはない。秀盛と清人が駆け寄ったが、まるで火だるまになったように左近は転がった。

「しっかりしろ!」

『祟り』の一語が全員の脳裏をかすめる。斉藤の死は実のところこれではなかったのだろうか。左近は知っていたのだ、祟りがいつ起こるのか。だから、死を確認するために村田英里が必要だったのだ。そして、それは左近自身が半ば、祟り自体をそれまで信じていなかったからではないだろうか。

「お、お許しください」

小夜子が、闇に向かって言った。尻餅を付いて、抜けた腰を引きずりながら、後ろへ後ろへと逃げる。瑞穂は、彼女が恐れる方を見た。

「玲司」

人の形こそしていないが、瑞穂にはそれが彼女のことを愛する怨霊だと分かった。そして、左近を苦しめているのも彼の差し金なのだとも。小夜子は必死に瑞穂のスカートにすがりついて助けを求めた。

「やめて」

夜の闇を破るような高い声を瑞穂に上げた。

だが、彼女を無視して闇はどんどんと左近の方へと向かって行ってしまう。止めなければと、瑞穂は唇を噛んだ。

「やめて」

手には太刀が一つ。

鞘を抜いて、瑞穂は斜めに突き出した。

「お願いやめてと言っているの!」

仁王立ちの少女に闇は止まった。そしてゆっくりとこちらを振り向く。瑞穂は激しい怒りのようなものを感じて、一瞬怯んだ。

「私に刃(やいば)を向けるのか?」

黒い塊が瑞穂の手首を掴み、くっきりと掌の形だけが青く浮かんだ。危うく落としかけた太刀を、左手に瑞穂は持ち変えると、闇に向かって思い切り振り上げた。

ざわめき。

落ち葉が突風に吹かれて一斉に巻き散ったようだった。闇は共に四方に飛んだ。瑞穂は太刀を左手に持ち直すと、一面に別れた気配を目で追った。しかし容易に姿を掴めない

「後ろだ、瑞穂!」

清人の声とともに小夜子の悲鳴が聞こえた。白目を向いて、喉を抑えている。誰かが彼女の首をしめている。

「小夜子さん!」

瑞穂は小夜子に駆け寄ると、背後の陰を切った。小夜子はそれでようやく呼吸ができたらしく、肩で大きく揺らして、涎を垂らしながらむせた。「大丈夫?」とその背を瑞穂は撫でようとした。が、誰かが彼女の肩を後ろから首を掴んだ。

「れ、玲司」

黒い身体を持つ男が、長い髪を傾けて、後ろから彼女をのぞき込んだ。相変わらずの美しい顔なのに、冷たく凍り付くような表情で、瑞穂はぞっとした。

——殺される。

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