サラノキの下で
サラノキの下で
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「嘘だろ!」
清人は嘘だと言って欲しかった。暴走する車の前に秀盛の制止も振り切って、瑞穂が立ちはだかったのだ。止まれと言わんばかりに両足をしっかり地面につけたまま、何かを握っている片手を胸の上まで上げる。このスピードで突っ込めば、即死は間違いない。
瞳と瞳がぶつかるほど近づくと、清人は瞼をきつくつぶった。
しかしその瞬間、ABSが稼働して首を締められたようなグググという音に変わり、振動をペダルに感じたであろう左近が必死にブレーキを踏んだ。
ようやく止まった車。
接触はなかったような気がしたが、土ぼこりと夜霧が立ちこめてよく前が見えない。半ば呆然としている清人に対して、左近は「瑞穂さま」と小さく呟くと、慌ててシートベルトを外してドアを蹴るように開けた。
「瑞穂さま!」
「左近さん、よかった...。止まった」
だんだんと開けていく視界の中で、瑞穂が立っていた。小刻みに震える足が、左近の顔を見ると、力を失って、ほっとした笑顔とともに地べたに落ちていった。それをとっさに抱きかかえようとした左近。しかし、彼がそうする前に、後ろにいた秀盛の腕が少女の腕を掴んだ。
「瑞穂、無茶するな」
言葉は冷たかったが、声は優しい。左近はとっさに出した手を直ぐにしまった。
「申し訳ありませんでした。もう少しでお怪我をさせるところでした」
「 今のは 怪我じゃすまないだろ」
秀盛は明らかに怒っている。もう一度、左近は「申し訳ありませんでした」と九十度に腰を曲げると、微動だにしなかった。清人は二人の間に入って、ブレーキが効かなかったことを説明しようとした。
「違うよ。今のは左近さんのせいじゃないから」
だがそれをしたのは、清人ではなくバンパーに片手を付けて立ち上がった瑞穂。
「タイヤに霊が憑いたたんだよ」
「一体、何が小松塚であったんだ」
秀盛の言葉に清人は、はっとした。トランクの中の小夜子のことを思い出して、慌てて車の後ろに回ると、
「左近開けろ!」と怒鳴った。
しかし、左近は鍵を握った手をぎゅっと握りしめ、車のドアをロックする。
「小夜子が中にいるんだ」
「左近さん!」
瑞穂が左近からキーを奪おうとしたが、彼は渡さなかった。秀盛がそれに掴み掛かり、清人も後ろから背中に飛び付いた。男二人掛かりで、左近を地べたに押さえつける。
「やめて」
瑞穂は男たちを見下ろして叫んだが、三人は、それが聞こえなかったように揉み合ったまま。
ただ一人、瑞穂だけが、車の背後をさっと振り返ると、静かに砂利道を歩いて車のトランクに触れた。
「玲司...」
彼女は冷たい金属で出来た車体の中に彼を感じた。
魂が泣いている。
「ごめんね、玲司」
こんなところに閉じ込めてごめんと、瑞穂は心の中で詫びた。トランクの中のことではなく、この島に魂を閉じ込めてしまったことに対する謝罪だった。かちりと音を立てトランクが開いたのは、だからその謝罪の受け入れのように自然で、鍵を奪い合っていた男たちは、鍵もなく開いたことに固まった。
「瑞穂?」
深呼吸を一つしてから、瑞穂はトランクを開いた。中には気を失っている小夜子と、蓋が開いたゴミ袋から溢れた白い骨。
「ごめんね」
白い骨を胸に一つ抱いて、もう一度瑞穂は謝ると、目を覚ました小夜子に手を貸した。
「小夜子さん、大丈夫?」
助け出された小夜子は、車から降ろされても朦朧とした様子で、土を掴んで言葉を放つ余裕もない。
「左近さん...どういうことですか」
左近は小さく自嘲するように笑った。
「 もう、疲れたのですよ。この島はおかしい。私は...怨霊の言いなりになるのに疲れたのです。どうかその骨を私に渡してください。私が処分します」
手を差し出した左近に瑞穂は首を振った。
「瑞穂さま、分からないのですか。霊がこの島を支配しているのです」
「一つ教えてください」
瑞穂は顔を挙げた。
「村田英里さんをわざわざ篠島に呼んだのはなぜですか」
それはずっと瑞穂が疑問に思っていたことだった。困惑気味の左近と、固唾をのむ秀盛と清人。四人の空気は固まって、それは左近が拳銃を車から取り出すと、更に小さく圧縮された。
「六原先生と斉藤刑事さんを殺したのは、左近さんですか」
「そうでもあるしそうでもないのです」
曖昧な答え。
「どういうことですか」
「六原先生を殺したのは私ではありません。小夜子さまです。村田さんを呼び出したのは、斉藤刑事が『心臓発作』を起こしたと救急車を呼んでもらうためです」
「よく言っている意味が分かりません」
「信じていただけないかもしれませんが、私自身よく分からないのですよ」
「分からないって...」
「私が言えることは、それだけです。いえ、たぶん私が殺したんでしょう。そう願ったのです。六原先生にしろ、この島を嗅ぎ回る刑事にしろ...。消えてもらわねば困ると、なんとかしてくれと御霊(ごりょう)にすがったんです。特に六原先生は小夜子さまと一緒になってあなたに危害を加えようとしていた。どちらも消えてもらわねばならなかった」
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