サラノキの下で

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「どうかしたの」

「ここにいてくれ」

すっと立ち上がった玲司の裾を瑞穂は掴んだ。

「玲司」

「あの女だ」

「あの女?」

「瑞穂を忌々しく思っていたあの小夜子だ」

「小夜子さんがどうしたの」

「境(さかい)を侵した」

瑞穂にはそれがどういうことかは分からない。体を起こして、彼女も耳を澄ませてみたが、やはり何が小松塚で起こっているのかは見当もつかなかった。しかし、社の中がざわめき始めて、ただならぬ事態が起こっていることは分かる。

「何があったの?」

「塚が荒らさされた。あの女しかいない。他に境を犯せる者は瑞穂しかいない」

白くなりかけていた玲司の霊気は再び黒く濁った。墨色の斎服を纏う男は、蝙蝠(かわほり)を固く握りしめ、舌打ちする。

「生かしてはおかない」

瑞穂は慌てて、止めようしたが、それよりも先に、男の体はそのまま失神したかのように床の上に崩れた。間一髪で頭だけは打たないように出来たものの、いくら呼びかけても彼は目を覚まさない。

「起きて、起きてよ」

衿元を緩めて、懐紙で扇いでやっても反応はない。玲司はここにはいない、そう気付くと、不安が増した。瑞穂は立ち上がり、風に揺れている小松塚の木々を睨みつけた。何か嫌な予感だけがこちらに押し寄せてくる。

「宗さま。ちょっと目を覚まして」

欄干から身を乗り出して掌に海水を掬い思い切り秀盛に浴びせた。

それでも目を覚まさない秀盛に、瑞穂は、少し躊躇してから、平手で彼の頬を叩いた。派手な音と強かな感触がじいんと指に伝わると同時に秀盛が驚いたように瞳を見開いた。

「瑞穂?」

「馬鹿!」

「?」

「いつまでも寝てないでよ!大変なんだから!」

何も知らずに憑かれていた秀盛が憎らしくて、瑞穂は拳で強かに数回その胸を叩いてやった。

「ここは?」

「ここはじゃないよ。ホントにもう!怨霊に取り憑かれて体を乗っ取られてたんだよ。それで、小夜子さんがなんかして玲司が怒ってて、そんでもって生かしておかないって言ってて消えちゃって、大変なんだから」

捲し立てる瑞穂の言っている意味が半分も秀盛には分からなかった。だが、見回せばそこが社で、既に夜であることは理解できる。

「瑞穂、落ち着け」

「落ち着いてる場合じゃないんだよ!」

「落ち着け。呼吸を一回整えろ」

「何、憑かれちゃってたくせにえらそうに言うのよ!」

「落ち着けって言っている」

秀盛が声を荒上げ、瑞穂の両腕を掴んでようやく彼女は、慌てるのをやめた。頬をそっと指で撫でてやると、言われた通りゆっくりと息を吐いた。

「悪かった。お前を一人にして...」

「わたし...」

瑞穂は口ごもり、そして秀盛を見上げた。

「あの怨霊、宗さまに取り憑いてたヤツ、あれね、わたしの過去から付いて来てるみたいなの。昔、わたしが好きだった人で...。秀盛を乗っ取ってたのもそれでで...。わたしが殺しちゃったようなものらしいの...」

どうしたらよいのか分からず大粒の涙が瑞穂からぽろぽろとこぼれた。それを一つ一つ、秀盛は指で掬い上げると、目尻にキスをした。「大丈夫だ」という一言が、今は何よりも彼女をほっとさせる。

「何かが小松塚で起こっているみたい。玲司は境を小夜子さんが侵したって言ってたけど、どういう意味か分かる?」

「境?分からない。あそこは霊を祀ってある古い墓地みたいなところだ。祭の夜にあの小夜子が好んでそんなタブーを犯すとは思えない」

「塚が荒らされたって言ってた。でも小夜子さん以外にはわたしにしか出来ないらしいよ」

「とにかく小松塚に行こう。左近は?」

「あんたが祭に出るなって言うから、送ってくれただけで帰ったけど?何かやることがあるって」

秀盛は、はっとした。

小夜子はずっと天野家の当主になりたがっていた。そうなるように育てられていたからだ。突然に島に戻って来た瑞穂を邪魔に思っていたのは間違いなく、瑞穂さえいなければ、小夜子がこの島の長になれる。左近がそんな小夜子のことを知らないはずはない。

「でも...」

「着替えよう。これじゃ、身動きもできない」

「着替えなら確か奥の部屋にあると思うけど」

翌日に着るものは、ボストンバッグに入れられ置いてある。二人は室内に駆け込んだ。

「え?」

しかし、瑞穂はその中の光景に少し唖然とした。

一組の白い絹のふとんのみの部屋。何を意味しているのか、鈍感な少女にでも分かる。

「婚礼って言ってたけど、マジだったの?」

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