サラノキの下で
サラノキの下で
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「生まれ変わる?」
「ああ、数百年に一回、あなたは島の御霊(みたま)たちの求めに応じて黄泉返る」
瑞穂は玲司を仰ぎ見た。
「だから過ぎた過去など見てはいけない。憎しみと苦しみ、禍根を抱えた怨霊(わたし)とは違う」
真面目な顔をした玲司に瑞穂は当惑した。
「さあ、スパゲッティーを食べるのだろ?」
「え?」
「スパゲッティー。言葉を覚えるのも一苦労だったのに何度も言わせないで欲しい」
「あ、ごめん」
って何謝ってんのよ?と瑞穂は自分にツッコミながらも、この一風変わった怨霊の差し出した手を取った。
「ねえ、聞いていい?」
「うん?」
「なんで玲司は怨霊なんかになっちゃったの?」
「分からないね。たぶん誰でも怨霊になる可能性はあるんだろ?私がそうなったのは、卑しさのせいだ」
「卑しさねぇ」
分かったような分からないような。『卑しい』という言葉は玲司にはどうも似つかわしくない。玲司とは、あくまで優雅な男で立ち振る舞いも美しい。彼が自分を『卑しい』と評価するのは、謙遜にしか思えなかった。が、玲司本人はそんな瑞穂の心が読めたのか、
「身分とかではないもっと奥の深いところにある魂の潜在的な浅ましさだよ。一つのことに囚われ過ぎているのがいけないのだと思う」と付け加えた。
「つまり、こだわり性なんだね?」
「そう。でも性格がってわけではない。気質かな。魂の気質」
「何にそんなにこだわってんの?」
「分からないんだ。分からないからここにいる」
「リセットとかしたくなんないの?」
「リセット?」
玲司は、カタカナは苦手らしく小首を傾げた。
「そうリセット。やり直し。生まれ変わりたくないの?」
「考えたこともない」
「ふーん」
潮風が髪を重くした。こんなに海の側にいては、朝になれば髪の毛が潮臭くなる。居心地の悪さを誤摩化すように瑞穂は、くるくるっと毛先を指で巻いた。
「秀盛の体はいつまで乗っ取ってるつもり?」
「乗っ取るなんて人聞きの悪い。すこし拝借しているだけだ」
人の声はもうしなかったが、笛の音だけが、静かに風に乗って流れて来る。悲しみが余波(なごり)のように回廊に打ち寄せて、瑞穂の足下に残った。なんとか、玲司を説得して、秀盛を返してもらわねばならない。
「そのうち返す」
「そのうちじゃ、困るのよ」
「私は瑞穂の守護神だし、心配だから」
「いつから神になってんのよ?怨霊じゃん。それにそもそもあんたに守護なんかしてもらわなくていいから」
玲司が苦笑した。この島では怨霊が神なのだ。中でも古い怨霊に類される玲司は、塚を持つ格の高い神霊である。彼に守られることを喜びこそすれ、迷惑顔の瑞穂に、少し困ったようだった。
「つれないね。片思いはいつものことで慣れているけど、たまに憎らしくなるときもある」
言葉では『憎らしい』などと言っているが、玲司の瞳は慈愛に満ちていた。瑞穂はその目を見て、彼がこだわり続けている何かとは自分ではないだろうかと思い当たった。
何度も生まれ変わり、何度もこの人と出会って、そして死んだ自分は、一度でも愛してやったことはあったのだろうか。そして、もし彼の『卑しさ』をつくったのが、自分であるのなら、どうして今まで救ってやることが出来なかったのだろうとも思う。
「玲司、思い出しそう」
「?」
「昔のこと。あたし、玲司にすごくつらいことをさせたような気がする...」
「思い出す必要はないよ、瑞穂」
「ううん。とっても重要なことだと思うんだ。なにか...。そうとっても辛い選択をさせた」
違う?と瑞穂は男の手を握った。するとその手が微かに震えた。瑞穂は、もっと思い出そうと、糸をたぐり寄せるように心を一つに集めたが、男の手が彼女の首にかかった。爪が立てられて、やわらかな肉が悲鳴を上げた。
「瑞穂。お願いだ。思い出そうなどとしないでくれ」
「...」
「私を救おうなどと思わないでくれ」
人には誰にも開けられたくない箱がある。玲司のそれに瑞穂が触れかけて、彼は怒っているのだ。首が片手で絞められて、瑞穂は苦しさから必死にもがいた。
「ご、めんなさい」
それだけ言うと瑞穂は気が遠くなるのを感じた。左近の首にあった掌の痕は、たぶん玲司のものだったに違いない。抵抗をやめた瑞穂の手が力をなくしてだらりとぶら下がると、はっとしたように首にあった手は緩められた。
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