サラノキの下で

57

「瑞穂、起きろ。いつまで寝てるんだ」

「もうちょと」

ふとんを被り直して、安眠を邪魔する声から瑞穂は逃げた。

「時間がない。早く起きろ。起きてないのはお前だけだ」

瑞穂が半分目を開けると、確かに昨夜は自分よりも遅くに寝たはずなのに、既に白袴と小袖を着込んだ秀盛が立っている。まだ辺は暗く、電気の明るさが眩しい。

「今何時?」

「五時半」

「五時半...。もっと寝かせて」

「だめだ」

瑞穂の寝起きはいい方ではない。そして寝癖も悪い。強引にふとんを秀盛がめくると、浴衣に太腿をあらわにさせた少女の体が表れた。慌ててふとんをかけ直そうとしたけれど、起きる気になったのか、にょきっと瑞穂は体を起こす。

「おはよ」

目を擦った瑞穂は、しかしまだ完全には起きてない。襟が乱れて片肩からずるりと浴衣が落ち、胸が大きく開いているのもかまわずに、大あくびをした。

無防備。

その言葉が一番ぴったりくる状況で、秀盛はそのまま彼女をふとんに押し戻したい衝動に狩られた。が、運悪く、「おはようございます」と正座で襖を左近が開けた。

「おはようございます」

瑞穂は、しっかり頭を畳みにつけて挨拶した左近と同じようにふとんの上で頭を下げたが、そのままの姿勢で動かなくなった。すると、左近は、それをまるで毎朝行われている儀式ように瑞穂の肩に、別の浴衣がかけ、彼女の体の露出を隠した。

「左近、瑞穂はいつもこうなのか」

「こうと申されますと」

「こんなに寝起きが悪いのか」

「ご自分で起きるときもございます」

秀盛が目を覚ましたのは、四時五十分。その時既に、左近は儀式用の白装束をまとっていたから、起きたのは誰よりも早い四時ごろだろう。いつもの眼鏡ではなく、コンタクトでかなり印象が違う。

「瑞穂さま、御朝食はリクエストのフレンチトーストでございますよ」

フレンチトースト、ずいぶん天野本家にしては洒落た朝食だ。耳元に囁いた左近の言葉は、どうやら魔法の言葉だったようで、浴衣を重ね着した瑞穂が立ち上がった。

「さあ、宗さま、失礼致しましょう」

「いいのか?まだ完全に寝ぼけているぞ」

ほっておけば、壁に頭をぶつけそうな勢いで、秀盛は心配になったが、左近は早く早くとせかす。なぜ?と秀盛の疑問は、しかし、すぐに解けた。瑞穂がいきなり歩きながら、男たちの前で浴衣を脱ぎ出したのだ。肩に左近がもう一枚羽織らせたのは、それが見えないようにするためらしい。

「こんなにいつも寝ぼけているのか」

「一人暮らしが長くいらっしゃったので、朝はとても開放的でいらっしゃいます」

「...」

秀盛はじろりと左近を見た。少し微笑んだ左近。この男、絶対に瑞穂の裸を見ていると直感が湧いた。それも一度ならず。あの浴衣を重ね着させる術を左近が考案する以前は、左近の前でも寝ぼけて脱いでいたのだろう。秀盛は嫌味の一つも言ってやりたくなった。

「お前も大変だな」

「そんなことはございません、仕事ですので」

余裕でそう答えられたら、秀盛は余計にむっとした。もっと何かを言ってやろうと、口を開きかけた

「げっ」

だが瑞穂が歩いて行った先にある風呂場から、上半身裸の清人が歯ブラシを持ったまま逃げ出してきた。

「瑞穂、すげぇ格好だった」

唖然としている清人に秀盛はため息をついた。ここにももう一人、瑞穂の体を見てしまった男がいる。

「清人さま、先に朝食をお召し上がりください」

「あ?え?は?」

「今日の朝食はフレンチトーストですので」

「...」

「瑞穂、平気で俺の前で脱いでたんですけど」

清人は、平然としている左近にもっと驚いて、歯ブラシから歯磨き粉を落とした。それを懐紙を取り出して几帳面に拭いた左近は、思い出したように顔をあげた。

「ところで本日は、瑞穂さまは御正装ですので、私が着付けを担当させて頂きます。清人さまは、どなたか別の方にお衣装のことはお頼みください」

「では」と去って行く左近。清人は不思議そうにその背中を見た。

「アイツ、変わっているよな。瑞穂は、ほぼパンツイッチョだったんだぜ?男なのに、何にも感じねぇのかねぇ?」

清人はそう言って、歯ブラシを口の中に戻したが、秀盛は違うと思った。結局のところ、左近は毎日瑞穂のあられもない姿を毎朝見るし、今日は着付けと称して好きなだけその体に触れることも出来ると、言い残して行ったようなものだ。そしてそれが「仕事」なのだとも。

「さっさと着替えろ」

八つ当たりだとは、秀盛は分かっていたけれど、不機嫌に清人に怒鳴った。「けっ」と歯ブラシを持った男は一睨みした。


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