サラノキの下で
サラノキの下で
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「平家物語によると、二位の尼が天叢雲剣を抱いて入水している。安徳天皇も共に」
この海は壇ノ浦に続いている、そう秀盛の目が告げていた。実際には、安徳天皇も天叢雲剣も無事にこの島にたどり着いたにしろ、平家の主力は、海の水雲と消え、多くの命は水底の下に沈んだ。
「言ったことあったか?」
「何を?」
「俺の父親も出先の博多で『事故死』したって」
「え?」
初めて聞くことだった。
「六原家に不審死は多い。今に始まったことじゃない。昔からだ。天叢雲剣が理由とも、もともと短命の家系であるとも言われている」
「なんで、天叢雲剣が理由なのよ。また祟り?」
「祟りじゃない。だって考えてみろ?本物がこっちだって知れたら、どうなる?日本史は覆るし、天皇家の正当性はなくなる。事実、何度か盗まれそうになったこともある」
「うそ」
「本当だ。近年で確実なのは戦前に一度。三十年前に一度。だから清人の親父のことも誰も驚きはしない」
秀盛は瑞穂の手を強く握った。瑞穂はその力の強さに思わず顔をあげた。
「俺も若死にする」
「まさか、そんなこと...」
「親父に子供の頃言われた。親父も自分の父親に言われたんだ。『短い命になる』ってな。特に俺は六原家の本家を継いでいる。三十五まで生きられれば長い方だ」
「でも、北家のおじいちゃんは...」
「不義の子だと噂がある」
「...」
「だから、俺は——」
何を自分が言おうとしているのか、秀盛にも分からなかった。ただ、どうしようもない感情が突然溢れ出て、瑞穂を見下ろしていた。そんな秀盛に、大きな瞳は、まっすぐに向かい合い、少し目尻を下げた。
キスをしたい。
そう秀盛りが思った瞬間だった。
自分が屈むより先に、少女のつま先が伸びた。驚いて、目を広げたけれど、やわらかな感触が彼を包むと、腕が細い腰を抱き寄せた。
ずきんと胸が高鳴って、じいんとしたものが胸から広がる。唇が合わさっているというよりも、心が貝殻のように一つになったようだった。
恋なのだろう。
短いのなら、せめて濃く生きたい。そう思うと、唇を放すのを忘れた。
「宗さま...」
どれぐらい、キスをしていたんだろう?苦しそうに瑞穂が顔を背けた。はっと秀盛は体を自由にすると、瑞穂が肩で息を吸う。
「悪い」
「悪くない。わたしがしたんだし...」
俯きがちにそう言った瑞穂の唇のまわりを秀盛は、指でそっとぬぐってやった。赤い唇。血の気がめぐった頬。二人の足を波が濡らしては、引いていく。満たされたような、満たされてないような。曖昧で、不完結。大人でも子供でもない十八という年齢と同じ微妙なここち。
「帰ろう」
「うん...」
乱れた前髪も、嬲られた後れ毛も愛おしい。
「なあ、瑞穂」
「なに」
「好きだ」
「は?」
「俺と付き合ってください」
「結構今更だよね」
瑞穂の言葉は素直ではなかったけれど、瞳は嘘をつけない。
海の色と同じだけ澄んだそれに喜色が加わった。
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