サラノキの下で

54

「平家物語によると、二位の尼が天叢雲剣を抱いて入水している。安徳天皇も共に」

この海は壇ノ浦に続いている、そう秀盛の目が告げていた。実際には、安徳天皇も天叢雲剣も無事にこの島にたどり着いたにしろ、平家の主力は、海の水雲と消え、多くの命は水底の下に沈んだ。

「言ったことあったか?」

「何を?」

「俺の父親も出先の博多で『事故死』したって」

「え?」

初めて聞くことだった。

「六原家に不審死は多い。今に始まったことじゃない。昔からだ。天叢雲剣が理由とも、もともと短命の家系であるとも言われている」

「なんで、天叢雲剣が理由なのよ。また祟り?」

「祟りじゃない。だって考えてみろ?本物がこっちだって知れたら、どうなる?日本史は覆るし、天皇家の正当性はなくなる。事実、何度か盗まれそうになったこともある」

「うそ」

「本当だ。近年で確実なのは戦前に一度。三十年前に一度。だから清人の親父のことも誰も驚きはしない」

秀盛は瑞穂の手を強く握った。瑞穂はその力の強さに思わず顔をあげた。

「俺も若死にする」

「まさか、そんなこと...」

「親父に子供の頃言われた。親父も自分の父親に言われたんだ。『短い命になる』ってな。特に俺は六原家の本家を継いでいる。三十五まで生きられれば長い方だ」

「でも、北家のおじいちゃんは...」

「不義の子だと噂がある」

「...」

「だから、俺は——」

何を自分が言おうとしているのか、秀盛にも分からなかった。ただ、どうしようもない感情が突然溢れ出て、瑞穂を見下ろしていた。そんな秀盛に、大きな瞳は、まっすぐに向かい合い、少し目尻を下げた。

キスをしたい。

そう秀盛りが思った瞬間だった。

自分が屈むより先に、少女のつま先が伸びた。驚いて、目を広げたけれど、やわらかな感触が彼を包むと、腕が細い腰を抱き寄せた。

ずきんと胸が高鳴って、じいんとしたものが胸から広がる。唇が合わさっているというよりも、心が貝殻のように一つになったようだった。

恋なのだろう。

短いのなら、せめて濃く生きたい。そう思うと、唇を放すのを忘れた。


「宗さま...」

どれぐらい、キスをしていたんだろう?苦しそうに瑞穂が顔を背けた。はっと秀盛は体を自由にすると、瑞穂が肩で息を吸う。

「悪い」

「悪くない。わたしがしたんだし...」

俯きがちにそう言った瑞穂の唇のまわりを秀盛は、指でそっとぬぐってやった。赤い唇。血の気がめぐった頬。二人の足を波が濡らしては、引いていく。満たされたような、満たされてないような。曖昧で、不完結。大人でも子供でもない十八という年齢と同じ微妙なここち。

「帰ろう」

「うん...」

乱れた前髪も、嬲られた後れ毛も愛おしい。

「なあ、瑞穂」

「なに」

「好きだ」

「は?」

「俺と付き合ってください」

「結構今更だよね」

瑞穂の言葉は素直ではなかったけれど、瞳は嘘をつけない。

海の色と同じだけ澄んだそれに喜色が加わった。


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