サラノキの下で

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翌朝、雨は昨夜のような激しいものではなかったが、未だにはらはらと振っていた。

「嵐は通り過ぎたようね」

瑞穂が灰色の空を窓越しに見上げて言った。

「学校へ行くのは無理そうだな。波が高い」

そして風も強かった。

秀盛の視線の先にある赤い旗が遠く岩の上でちぎれんばかりに風向きを示しているのが瑞穂にも見えた。

「わたし、こういう天気が一番嫌いだわ」

「何だ?急に」

「雨が降るなら降るで、ざっと降っているか、晴れるなら晴れるで、からっと晴れているのがやっぱり好きなの」

「そのうち晴れるさ。午後にはいい天気になる」

秀盛は朝食に箸を付け始めた。左近のことだ。朝迎えに来ると言ったからには、八時きっかりに瑞穂を連れ戻しにくる。それまでに何かを腹に詰めておかなければならない。さもなければ、あの優秀な弁護士に瑞穂の件を何かと言われるのに応戦もできない。

「お前もさっさと食べろ」

「あ、うん」

瑞穂は心ここにあらずといった風に、米粒を三つ箸に乗せた。

「屋敷に帰りたくないのか」

「そうじゃないけど...」

味わう風でもなく、おかずを一緒に食べるでもなく、ただ米粒を口に運ぶ瑞穂。泣くでもなく、笑うでもない彼女は秀盛も好きではなかった。

「東京に行きたいのか?」

「...」

俯いて黙ったままの瑞穂は、しかし、行きたいとは言わなかった。父、範彦(のりひこ)の死が本当に母、静子と瑞穂の失踪のせいならば、無理に秀盛に手はずを整えてもらうのも躊躇われるのだろう。

「左近と少し話をするといいと思う」

「うん...。そのつもり」

「らしくない」

「うん?」

「あんまり落込んでいると瑞穂らしくない」

「うん...」

「元気出せ」

秀盛はなんとかこの目の前の女を元気づけさせる方法はないかと考えた。着るものも好きなだけ取り寄せていたし、靴も用意した。ないのはそれを着て出かける場所だけで、ぽつんと海の真ん中で閉じ込められたらどうすることも出来ない。

「午後には晴れる。どこか行かないか?」

「うーん」

「海岸を歩こう」

白い砂浜を嵐の後のつきぬけたような青い空の下を歩けば、瑞穂も少しは元気になるような気がした。

「お前の好きそうなワンピースを買ってある」

「え?」

「袖付きだけど」

顔をあげた瑞穂に秀盛は笑ってみせた。戸惑いに似た色が彼女に瞳に揺らいだが、着物しか受け付けない秀盛が、ワンピースを買ってくれたという進歩に、瑞穂も譲歩する気になったのか、あるいは気をつかわせてばかりでは悪いと思ったのか、ぎこちない笑みが返って来た。

「そうだね。ビーチを歩こうか」

「アイスの棒をくわえながら」

「そう、それがいいね」

二人は正午に会う約束をした。弁当を用意させて、海を見ながら食べればいい。小さなピクニックのような気分になった。

「宗さま、幸村左近が参っておりますが」

ところが、秘書の一人が、襖を少し開けて膝を進めて訊ねたので、瑞穂と秀盛に緊張が走った。

「ああ、通してくれ」

「あの、それが禊ぎのことなど相談されたいとのことで...」

言葉は濁したが、秘書の瞳がちらりと瑞穂を見た。同席させないで、話をしたいということなのだろう。秀盛は箸を置いた。

「今行く」

「左近さん、怒っているかな?わたしが勝手に家を出たこと...」

立ちかけた秀盛を瑞穂が呼び止めた。

「左近が?案外向こうの方が心配しているだろ?瑞穂が怒ってないかどうか」

「なんで?」

瑞穂はきょとんと大きな瞳を向けた。

「父親のことを黙っていたのは左近だろ」

「左近さんだけなの?みんなじゃん。この島の人みんなじゃん」

「...」

「宗さまもじゃん...」

涙が溢れそうだった。

「悪かった...」

「いいよ、別に。この島が本当に変なだけ」

再び茶碗に顔を移して、瑞穂は黙々と胃にものを詰め込む。秀盛はそんな瑞穂の頭に手をぽんと軽くのせると、席を立った。

「心配するな、な?」

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