サラノキの下で

38



「瑞穂」

秀盛が小松塚に着いたとき、瑞穂は一人空を見上げていた。びしょ濡れの体を気にするでもなく、惚けているように、じっと空を睨んでいた。

「瑞穂」

傘を片手に水溜まりを飛び越えて秀盛は彼女に近づいた。

「見える?」

瑞穂は秀盛の方を向くこともなく言った。

「見えるって何が」

「ほら、あそこ」

秀盛は瑞穂の指差す方を見たが、雨雲が広がるばかりで彼女のいわんとしていることが分からない。

「どうしたんだ」

「見えないの?あんなにぐちゃぐちゃいるのに」

初めて瑞穂が向き直り、涙と雨でいっぱいの顔に彼は息を飲んだ。

「霊の塊なんだって。秀盛には見えないの?」

「俺はあんまり見える体質ではないんだ。気配は感じるけれど」

「そう。いいね、宗さまは」

携帯を握りしめている瑞穂。秀盛はその手首をとった。

「瑞穂、行こう」

「...」

黙って俯いた彼女は大人しく着いて来た。それに安心した秀盛だったが、すぐに二人の背後から視線を感じてはっと振り向く。

「玲司だよ」

「玲司?」

「そう、小松さま」

秀盛はもっとよく見ようと立ち止まって目を凝らしたが、そんな彼の手を今度は瑞穂が掴んで歩き出してしまう。

「ついて来る」

「いいよ、ほっとけば」

「何があったんだ」

「見たの」

「また例の夢の話か」

「違う。お父さん」

「...」

「宗さま、知ってたんでしょ?」

小さな傘の中で、毛先に雨露を溜めた瑞穂が秀盛を見た。

沈黙。

それが彼の答えだった。

「やっぱ、知ってたんだね。なんで言ってくれなかったの」

怒っているのでも、哀しんでいるのでもなく、ただ『なぜ』と瑞穂の黒い瞳が彼を射抜いた。

「生きているんだ」

「死んでたよ」

「完全な死ではないと、信じている奴らがいるんだ」

「そんなわけないじゃん、ミイラだったのに」

「おかしな話だが本当だ」

「変だよ、変だよ、この島」

瑞穂の声で、毛先から粒がこぼれて飛んだ。そして足下の水溜まりに落ちて泥水と一緒になった。

「出て行きたいの、この島から」

「無理だ」

「嵐が止んだら、東京に帰る」

「無理だ」

「無理じゃない。わたしがそう決めたんだから、そうするの」

「瑞穂...」

秀盛が、聞き分けのない子をあやすように、腕を掴んで抱きしめようとしたが、瑞穂はそれを強く払いのけた。強かに爪が当たった拍子に黒い傘が吹き飛ばされ、大きな音を立てて坂道を転がった。

残された瑞穂と秀盛。

彼の髪も濡れていた。

「行こう、瑞穂...。少し落ち着いた方がいい」

「うん...」

こくりと頷いて、車から慌てて傘をもって出てきた運転手が開けたドアの前に瑞穂は立った。

「わたし、すごく混乱している」

「ああ...」

「ごめんね、秀盛」

「気にしなくていい」

秀盛が彼女の頭を胸に抱き寄せて、二人はしばし雨に打たれていた。

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