サラノキの下で

14

翌日になっても、瑞穂は父から呼び出されることはなかった。

左近に問いただそうとしても、彼女の顔を見ると一日中そそくさと逃げてしまうか、例によって『申し訳ございません』を繰り返すばかり。こうなれば、宗さまこと、秀盛に間に入ってもらう他ないようにも思う。

けれど、なんとなく瑞穂は左近に秀盛の携帯番号を聞けなかった。

「やんなるなぁ」

とうとう夕暮れ時になって、瑞穂は父に会うことを諦めた。きみから「気晴らしに」と貰った花火を灯し、虫の声を聞きながら軒先で下駄をぶらつかせると、不毛な一日がやけに長かったように思う。

「何が『やんなる』なんだ」

しかし、思わぬ声が頭から降ってきた。

それは瑞穂が今日一日必要としていた男のものだった。

「秀盛!」

瑞穂が嬉しそうに彼を見たので、秀盛の方が逆に訝った。

何だ?」

「あんたと話がしたかったの!」

「...」

「そんな気味悪そうな顔しないでよ」

満面の笑みに対して眉を寄せたままの秀盛が大きな紙袋を彼女に手渡し、隣に座った。

「何?」

「お前の制服だ」

「うそっ」

瑞穂は先ほどまで秀盛に父と会うにはどうしたらいいのか訊ねようと構えていたことなど忘れて、手にしていた花火を預けると、包みを開けた。

「かわいい」

白いセーラー服。秀盛が学ランを来ていたからたぶんそうだろうと思っていた。私立の高校なので、同じセーラー服でも前の学校よりも素材もデザインも凝っていて瑞穂は着ていた浴衣の上から重ねて秀盛に見せた。

「似合うかな?」

「ああ。ところでクラスは俺とは残念ながら別だ」

「あ、そうなの?別に残念じゃないけど」

「お前、頭悪すぎだ。無理を言ったが通らなかった」

「わ、悪かったわね。わたしはあんたと同じクラスなんてなりたくなかったから良かったの!頭悪くってラッキー」

瑞穂は、バイトもしていて勉強が出来る時間ばかりではなかったから、成績も普通の学校の普通の位置だった。それに不満も危機感もあまりなかったのは、そういう学校だったからかもしれないし、母も小言らしいことを言ったこともなかったからかもしれない。

「で?なんで俺に会いたかったんだ?お前のことだ。俺のことが恋しくてって訳じゃないんだろう?」

「当たり前。ってか、理由は左近さんがお父さんに会わせてくれないんだ」

秀盛が鼻で笑った。

「婚約のことなんとか諦めてもらえるように話したいんだけど」

「少し歩こう」

秀盛にしては優しい声で、瑞穂を誘った。彼女は制服を包みに戻すと、後について飛び石を下駄の音を立てた。からんころんという音が、深い縹色の夕空に響いて昼の暑さを緩めて、瑞穂の首の後ろをかすめる。

「ねえ」

「...」

「ねえってば。さっきの話だけど」

門を出ても相変わらず黙ったままの秀盛に痺れを切られた瑞穂が話し出したが、彼は「すぐそこだ」としか言わない。

「どこに行くのよ」

「ついて来れば分かる」

どれほど、そうして二人で歩いていただろう?

東に月が満ちていた。

「ここだ」

そこには、大きな幹がずしりと根を張ってたたずんでいた。まるで島を見張るためにそびえ立っているかのように瑞穂には見えた。

「デカっ。ってどれぐらい古いのこれ?」

「さあ、少なくても樹齢五百年ぐらいだと思う」

「古っ。で、なんなのここ?」

「小松塚と呼ばれている場所だ」

「へぇ」

歴史に興味もない彼女は幹に指先を触れながら、木のまわりを一周してみた。一回りして、再び秀盛の前に立って幹に寄りかかる。

「この島にはいろいろな言い伝えがある」

「らしいね。左近さんも言っていた」

「左近が何を言ったかは知らないが、六原家と天野家の結びつきは絶対だ」

「絶対って何よ」

「俺はお前が何と言おうと結婚する」

瑞穂は顔を上げた。暗闇で殆ど彼の顔は見えなかったが、その視線だけは痛いほど額に感じた。

「お前がなんと父親に言おうが、それは覆らない。お告げなのだから」

「お、お告げ?」

「この島を司っているのは生きてる人間じゃないってことだ」

Next>>




ネット小説の人気投票です。投票していただけると励みになります。1回)