落陽記
落陽記
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たった十八年しか生きていない陶羽には、公子隷の言葉は理解出来なかった。それもそのはず、先王は興国王家の傍系の人間に過ぎなかった事実は特に秘されていたのである。それが王位に就いたのは新年の祝いの席で、彼が王と太子を殺し、王位を簒奪したからである。
簒奪(さんだつ)。
いや、先王が王位についてからは、それを禅譲(ぜんじょう)と呼んだ。そしてうつくしく史跡は塗替えられ、陶羽のような若者は、先王の領地拡大の功績やその名君ぶりに敬意を払いこそすれ、王の王位継承の正当性に疑問など抱こうはずはなかった。雄元の口からちらりと聞いたときも陶羽はそれを信じはしなかった。
「知らないのは当然だ。先王に手を貸したのは陶家であるのだからね」
そう付け加えた隷であったが、かと言って陶羽や陶雄元に敵意を持っているというわけでもなさそうである。
「陶雄元は変わった色の気をもつ男だった」
隷はその色を赤とも青とも見分けがつけなかったと言った。時には乱を表す鮮やかな赤であったし、時には穏やかな青であり、混じり合って紫にもなる。それが陶雄元という男。隷は少し自嘲するような顔を作った。
「しかしまさか、あの男に私がずっと待ち望んでいた巫女姫を奪われるとは思ってもいなかったが」
「玉兔公主は一体......」
「九つの太陽だ。未だ非常に若いけれどね。かの姫の清らかさがこの地の色を変えていくだろう。毒にしかならないと思っていた陶雄元の気さえも少しずつ変化している。北に行くといい。李敬健の死を無駄にしたくないのならば」
隷はそう言い残すと馬に乗った。
王功が隷に頭を下げ、白い一団が風下の西へと消えていく。
一人取り残された陶羽。
政治に疎い彼にも、華応安を煽り、公子志旦と英との間の世継ぎ争いを悪化させた黒幕が王功であり、実のところ金烏公子の命でそれが緻密に計画されていたのだということに今更ながらに合点がいって『くそっ』と泥で汚れた剣を地べたに捨てた。
雄元が『あれは信用ならぬ。国が滅びるのを望んでいるのだ』と言った言葉の意味がようやく分かった陶羽ではあるが、だからと言ってどうしたら良いかは悩むところである。
このままここに残って蓮杏を妻に迎え、陶家の人間としてこの国を守るのもよし、あるいは雄元を追って北東の哲へ行くのもよし。
陶羽は岸辺に座り込んで金羽宮を望んだままでいた。銀色の月に金色の甍。水の小さな満ち干きが心を澄ます。隷はこの国は『偽の興国』であるといい、雄元は『まやかしの興』だと言った。しかし、今ここにあるものが陶羽にとって国であり、王位についているのが誰であるかは問題ではない気もする。
―天帝よ、自分はどうすればいいのか。
その時、天帝が陶羽の問いに答える代わりに、地が動いた。
それは金烏宮に閉じ込められていた神獣たちが、隷の解いた結界から逃げ出していく大地の悲鳴であった。
青い龍に、麒麟。鳳凰、白い雉や、孔雀。象。
各地でそれぞれ崇められていた神獣が天へと帰っていく。
―ここから逃げていってしまうのか......。
ならば陶羽がここにとどまる理由もないように思われた。
決意すると彼の気持ちは明るくなった。李敬健との約束もある。雄元に会わなければならない。
「今から哲の郡都、平邑へと向かう」
「平邑でございますか......」
陶羽を探しにきた供の白救(はくきゅう)は目を丸くした。西夷との国境警備の任に西に向かったときも将の責務を放棄して金烏宮に向かった主人が、再び突拍子もないことを言い出したのである。しかし、それはいつもの陶羽であり、自分の気持ちに正直な青年とその臣下のこと。白救も他の供の者たちも危険な賭けを常に求めていた。
「何人用意できるか」
「何人必要なのですか」
「将軍に加勢するのだ、それなりの数がいる」
「陶将軍に......。ならば五千は確実です。絽陽にとどまっている将軍の兵を連れて行きましょう」
寧の兵が平邑に向かったのならば、王は雄元を討伐せねばならないだろう。だがまだ冬が深い。春になったら全てが動き出す。その前に陶羽は動かねばならなかった。
「陶羽さま、船で行きましょう」
「それがいい。親父には気付かれるなよ」
「はっ」
陶羽は、李敬健が雄元の星だと言った北辰を眺めた。