落陽記

 

82


楊琥珀は人当たりよく涼やかな眉を持つ美少年として寧で仕えたが、憎愛の激しい寧公の臣らしく、どこか残忍なところを持ち合わせていた。


気まぐれで尊大な性格であった玉兔とはそういう点で通じるものがあり、女官だろうが身分の高い大夫だろうが、彼女が気に入らずに『去ね』と言えば、どんなに泣き叫んで許しを乞うおうが、彼は無言で襟を掴んで床を引きずっていった。


「忠臣なのよ」


「......そういうのを忠臣とは呼ばず佞臣と言う」


雄元は李敬健を憶った。あの男は雄元が間違っていることすれば、どんな方法でも主人を諌めようとした。最終的に意見が分かれてしまったが、雄元が李敬健を恨めないのは、彼もまた己が信じるものを主人に身を呈して進言したというだけだと分かっていたからであった。


「琥珀は善悪を考えないの。考える必要なんてないの。父上が神であり、寧が全てだったから」


「......馬鹿馬鹿しい」


「なんとでも言うがいいわ。ただ私が言いたいのは琥珀は使いようによって毒にも薬にもなるということ」


「......」


雄元は話の腰を折るように『寒い』と呟いた。玉兔には彼の言わんとしていることが分からなかったが、呂雲は馬を雄元の横に並べた。


「公主、どうぞ将軍の馬の方にお移りください」


「雄元、お前ってつくづく素直ではないのね」


「俺は寒いと言っただけだ」


「戻って上げてもいいけれど、琥珀がついて来るのを許してあげて」


「......」


「あれは私の臣だから」


「ああいう男は好きではない」


雄元は玉兔にそう言ったが、呂雲の馬から手を差しのべた玉兔の腕を掴んだ。


「これで私の臣下は八人」


「俺もお前の臣と言いたいのか」


「そうよ。それで全てが丸く収まるわ」


「......」


雄元はあと五日もすれば雄元の領地、哲郡の郡都平邑(へいゆう)につくと言った。北の辺境の地、哲郡。太古の昔から、中原の国々や蛮族の支配が代わる代わるに続き、その民族の編成も多岐にわたる。今は名目上興国の領土であるが、雄元の父が貂国を滅ぼした時に褒美として下賜させた土地であるので、雄元たちにとっては最も安全な地と言えた。


「すこしはましな場所になっているといいが」


「お前は平邑に行ってどうするつもり?」


「独立する」


「独立って?」


「興から独立して国を作る」


雄元は旅の間ずっと考えていたことを初めてに口にした。興は急速に大きくなり過ぎた。先王はもう亡く、雄元は国を見限った。残るのは王にへつらうだけの大臣や、陶太后を恐れ何もせず不平だけの臣だけである。


「自ずと砂の城は崩れていくだろう」


雄元が『砂の城』と言ったのは興国そのものを差すのだろうが、玉兔にはその言葉に金烏宮を連想した。人工の湖に浮かび、金の足枷をした神司(かんづかさ)が守るそれは、完璧に四方を呪で守られながら、あまりに隙のなさすぎるところが彼女には脆くみえた。


いつか砂のように崩れてしまうのかもしれない......。


「興は、西に西夷。北西に寧。南に宛、極国の二国。滅びた東の貂や鷺(ろ)や義(ぎ)。そして北には俺の哲がある。攻めることが出来なくなった興が、守りに入れば、攻めるのは今度はこちらの番というわけだ」


「九つ太陽ね」


「九つの太陽?」


「神話では天帝に十人の兄弟があり、一人一人が順番で太陽として役割を担っていた。でもある時、十人の太陽が同時に天に昇った。だから天帝は九人の子を地に落としたの。この世には天命を持った人が九人もいるから地は乱れるっていう話」


「では俺もまた九つの太陽の一人というわけだな」


「さあ、それはどうか知らない。でもお前なら自分でなると言ってなれそうだから怖い」


「まあ、俺としては大地が九つに割れるのは悪くない。九という数字は久に通じる。興が一国でこの世をすべて平定しようとしていた方が不自然だった。もしかしたら実際は九つ国あれば、意外と安定するかもしれないぞ。一つ多いのも一つ足りぬのもだめだ。九つが久となり、地は悠久に安寧となる」


木の枝に積もっていた雪が、どさりと落ちた。枝がその重みに耐えられなかったのである。黒ずんでいた道が白くなった。


「早く春になるといいわ」

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