落陽記
落陽記
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永明(えいめい)と金維央(きんいおう)の二人はあたりが暗くなっても戻ってこなかった。手ぶらでは帰れぬのだろうと雄元は思い、深々とふけていく夜に臣を思った。
「お前はもう寝ろ」
雄元は自分の膝の上に玉兔の頭をのせて、額を撫でた。短くなってしまった髪。悔いても仕方ないのは分かりつつ、雄元は柱に背をもたれて瞳を瞑った。呂雲が、『少し見てまいります』と出て行ったのは気をきかせたのだろう。が、玉兔を抱くような俗な気分にはならなかった。
「みんな飢えているのに、興王はどうして何もしないの」
「この地が飢えているのは俺に責任がある。興はずっと戦続きだった。先王が生きている間はずっと国を大きくすることばかり考えていた。農民が反乱を起こしたときも制圧を命じたのは俺だ」
「でも今、英は何もしていない」
「......国が乱れているのだ。こんな辺境の土地にまで手が回らない」
玉兔は寧の宮殿を思い浮かべた。金の柱。銀の器。全てが幻想。二人の前で燃えている竃の火の揺れと同じようなもの。
この先にある雄元の父が興王から授かったという領地の哲郡(てっぐん)という地はどんなところかと玉兔は代わりに考えてみた。王の直轄領よりは少しましな税率だと雄元は言っていた。彼は贅をつくした屋敷に住んでいたが、彼自身は剣と馬さえばあればいいというような男である。玉兔の記憶にある寧ほどでないにしろ、美しい場所であって欲しいと彼女は思った。
「寝ろ」
雪がまた降り出したのだろうか、屋根が軋んだ。玉兔は雄元の手を握ると眠りについた。
「将軍」
呂雲は玉兔が眠ったのと同時に戸を開けた。背には雪が積もっていた。
「まだか」
「はい。何かあったのでしょうか」
雄元は首を振った。
「いや、心配しなくていい。二人ともよい武人だ。猟犬が狩りではぐれても必ず帰ってるのと同じで、案じる必要はない」
「......」
「それより、食え。また玉兔が残した」
雄元は玉兔が食べ物を残すのは宮廷作法であると言ったが、呂雲は、彼女が動き回っている呂雲ら臣を慮っているのは分かっていた。その証拠に普段より多めにした食料は椀にほどんど手つかすに残ったままである。
「いえ、これは永明らが帰ってきてからにいたします」
「そうか。俺もでは休む」
雄元は玉兔の頭を膝から腕に移して横になった。呂雲が火を足した。火が音を立ててはぜる。
「将軍、起きて下さい」
酷く疲れていた雄元だったが、いくらも寝ていなかったうちに呂雲が雄元を揺すぶった。重たい瞳を開けると、男たちの荒々しい足音と息づかいが聞こえた。雄元はすぐに右手に剣を抜いた。
「何人か」
「四人、いや六人」
二人で六人は不可能ではないが、こちらもそれなりの覚悟はせねばならない。雄元は自分の上着を脱ぐと玉兔に被せ隠した。
だがそれは杞憂に終わった。戸を開けたのは永明と金維央の二人だったのである。しかも、二人は一人のけが人を抱えていた。
「遅くなりました。山賊に襲われたこの者たちを助けていたのです」
金維央が四人の男たちを小屋の中に入れた。そのうち二人は怪我を負っている。主人らしき男は非常に若く、商人の姿をしているが、どこか商人らしからぬ高貴さを漂わせていた。
「ご家臣には大変お世話になりました」
丁寧な拝手。礼にかなった態度である。雄元はしばらく握ったままであった剣を鞘に納めた。
「けが人の手当をされるといい」
「なんとお礼を申し上げていいのやら。私は琥珀(こはく)と申します」
「礼にはおよばない。火に当たられるといい」
雄元は自分は名乗らずに琥珀を火に招いた。