落陽記

 

72


「いやな風が吹いている」


高楼で雄元に後ろから抱きかかえられた玉兔が言った。


「知っている」


「あまりお前にとっていい結果は視えない」


「風向きは変わるものさ」


雄元はもちろん、玉兔に王の要求を告げなかった。だが、九つの太陽の姫は、日が落ちたなごりの空に浮かぶ金星を眺めて五感でそれを感じ取っていた。


雄元は、伊士羅を思い出した。あの男は、『やがてこの君、王になる』と占われたことがあると言っていた。そして事実、彼は父や兄を殺し王となった。運命とはなんであろう。玉兔は雄元に『お前は泥の上で自らを滅ぼすの』と告げたことがある。


あの時、彼はそんな生き様も悪くないと思った。雄元は生粋の武人であり、戦場こそが彼の生き、そして死んで行く場であると信じていた。


しかし、今、温もりある女の腰を抱きながら、雲のごとく広がる九重の甍の中でこの国を見渡せば、生きたいと思うから不思議であった。


「玉兔、お前は星の位置を変えられるか?」


「星?」


「ああ......」


「馬鹿じゃない?星の位置を変えるのはその星を背負う運命を持った人だけよ。天帝だって変えられない」


「では俺が願えば変えられるのか」


「激しく生きれば」


雄元は『激しく生きれば』と心の中で繰り返し言った。もう既に激しく生きている気もしたが、繰り返しているうちに、その言葉が好きになった。


「では激しく生きよう、玉兔」


「嫌よ」


「なぜだ?」


「激しく生きるのは辛いものよ」


「では運命を甘受するのか」


「......」


「お前らしくない」


「はなして」


玉兔は雄元の腕の中から逃れようとしたが、それはもう定められてしまったようにびくともしなかった。抗議して玉兔が拳で雄元の胸を強かに打ったが、将軍はそれでも放してはくれなかった。


「あきらめろ」


「嫌よ」


「運命共同体だ」


「誰と誰がよ」


「お前と俺に決まっている」


「誰がお前なんかと。勝手に決めないで」


玉兔はもういちど雄元の胸を拳で打ち付けると、そっぽを向いた。髪が流れて、北風にさらわれた。だが、もう抵抗するのを止めて、ひたすら迫り来る何かを視ようと心を澄ましてした。


雄元はそんな玉兔が愛おしかった。


彼女と生きられるのなら、泥の上に這うこともかまわないとさえ思った。


片思いの恋でもよかった。


いつか、寧の地を踏んで約束を叶えてやることが出来れば、玉兔もきっと約束を思い出して、心をくれるだろう。それまでのことである。


雄元は玉兔を絽陽に連れて来たときに取り上げていた寧の翠玉の簪を髪に挿してやった。これをしていない玉兔は何かもの足りない。


「寧は今頃雪だろう」


「大雪よ。とっても寒いの。こんな風に外になんか出てられないわ。背丈ほどの雪が積もるの。泣いたりしたら涙が凍ってしまうのよ」


「それでは泣けないな」


「そうよ、だからそんじょそこらのことじゃ寧人は泣いたりしないのよ」



雄元は玉兔を抱きかかえると火の側へと戻った。

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