落陽記

 

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李敬健が言った通り、雄元は陶羽のもたらした親書に烈火の如く激怒した。文を陶羽の顔に叩き返すと、『馬鹿は休み休み言え』と声を荒立てたのである。


さすがに王の使者を斬り殺しこそしなかったが、いつ剣に手がいってもおかしくない様子で、陶羽は背筋を伸ばしたまま、内心では縮めていた。


噂になるほどの関係である玉兔に未だに手を付けていない事実からも、雄元が彼女に余程惚れ込んでいるのは違いなく、初めて会ったときから玉兔に心を奪われてた陶羽は雄元の気持ちも分からないでもないが、王の使者としての務めもあった。『王の思し召しです』と言う他ない。


「王より公主あてに贈り物も持たされております。一度、会わせて頂きたいのですか......」


「黙れっ」


「......離宮での将軍の評判は芳しくありません。将軍の忠誠を疑う輩も多い。王は将軍を試されているのです」


「そんなことはお前に言われなくても分かっている」


「金烏宮は金烏公子の宮殿。離宮ではかんなぎはかの公子を敬い、絽陽では将軍を敬う。誰が王を敬うのでしょうか。死んだ華応安こそが忠臣であったと言うものさえ王の周囲にはいるのです」


陶羽は璽の押された親書を拾い上げて、雄元の前に開いて置いた。


「将軍、お気持ちは十分お察し申し上げますが......」


二十万の兵を連れて脅した西夷王、伊士羅の要求さえ断った雄元である。ここで引くわけにはいかなかった。興王、英(えい)に一歩譲れば、いずれ十歩譲らねばならなくなる。これは男の面子の問題であった。


雄元は忙しく部屋の中を歩き回った。


「王も太后も今がどういう時か分かっていらっしゃらない。西夷の脅威は去ったとはいえ、戦は続いている。契氏国(けいしこく)にやった遣いは春にならなければ戻ってこないだろう。農民の反乱によって一部南西の国土は西夷の制圧下にあるし、北の揩州(かいしゅう)の反乱は武によって抑えたと言っても民の不満に蓋は出来ず、いつまで持つかわからない。そんなときに王は俺を試めされるのかっ!」


玉兔を渡したくないというより、自分が王位につけた王にこのような扱いを受けねばならなぬことが雄元には我慢がならなかった。


「それでは使者である私はどうすればいいのですか、将軍」


「そんなこと自分で考えろ」


「......」


「玉兔は渡さない」


そう言い切ってしまえば、雄元は落ち着いた。確固たる意志である。本来の彼らしい思考を取り戻し、椅子に座り、立ったままの陶羽を見た。


「王と対立するのは避けられないだろうが仕方ない」


「陶家は当然分裂します。陶太后が黙ってはおりません」


「お前は好きな方へつけ。俺に遠慮することはない」


陶羽は雄元は正気ではないと思った。女一人ぐらいくれてやれば、この場は収まるのだ。


「将軍、あなたの今があるのは、陶太后のご助力によるものですよ!」


「王の今があるのは俺の助力によるものでもあるのを忘れては困る」



雄元は呂雲(ろうん)を呼んだ。


「王と陶太后を幽閉せよ」


将軍に忠実なるこの武人は、主の命に疑問さえ投げつけずに将軍の剣を受け取った。彼にとって雄元は絶対なる神であった。幾度もの生死の境を将軍と供に生き抜いてきたからこその信頼。見上げた呂雲に雄元は頷いた。


「さあ、どうする?陶羽よ」


呂雲がさると、雄元は余裕さえある微笑みを浮かべて振り向いた。


「将軍......。金烏公子に仲裁を頼んでみたらいかがですか」


「お前は何も見えていない。あの男こそ信用してはならないのだ」


「......」


「あれは興を滅ぼそうとしている」


まさかと言う言葉を陶羽は飲んだ。ただの囚われの公子でしかない男が、そんなことを考えているとは思えない。


「そもそも興国とはなんであるのか。興とはまやかしの国だ。孝哀王を殺して先王は王位についた。正統な王位継承者である公子たちの中で、隷だけが殺されなかったのは、九つのかんなぎという巫祝の者であったからだ」


「......」


「そして陶家とはなんであるのか。先王を助け、孝哀王を殺した一族なのだ、陶羽」


「孝哀王は病で亡くなったと聞いてます」


「病でなくなった死体の首がないではおかしいではないか。俺は廟を開かせてご遺体を見た」


「廟を開けるなど......。祟られます」


「首を収めたのだ。祟られはしない。隷の了解も取っている」


「......」


「あの公子は現在の興と、王脈を呪っているのだ。もしかしたら、こうまでこの国が乱れているのは、あの男の思惑なのかもしれない」


「まさか」


「帰れ、陶羽。そして牢にぶち込まれているであろう王に伝えよ。寧の公主は天命のある男に抱かれる女であると。そして牢に窓があるのなら、空を見上げよと言え。王の星は天になく、我が星が天に瞬いているのを見るのだと」


雄元はそう言い終わると、自分の中に星が煌めいたの感じた。


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