落陽記

 

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当然ではあるが、雄元は金烏宮の多くの者たちから非難された。


王の妹を降嫁されるという名誉に授かりながら、それを当日になって放棄し、王の面目を潰したからである。


李敬健は雄元が非難されるたびに『西方の状況が雪のため急変したため、その対応に将軍は追われているのでございます』と頭を下げて説明したが、他と隔離された金烏宮に住まう貴人たちは、目に見えぬ西夷の脅威よりも雄元の対応の不味さを指摘した。


それは武力で王を擁し、専政を続けている雄元に対する不満が表面に現れたというだけの話である。李敬健は彼独特の謙虚な姿勢で『畏れ多いことでございますが』と前置きしながら、いかに西夷が死活問題であるか噛んで含めると、一様に重臣たちは押し黙るのであるが、数日もすれば再び皆、同じことを持ち出して雄元を非難した。



「やれやれ」


李敬健は一人になるとそう呟いた。


公主蓮杏あたりは、婚儀が流れ、雄元の不誠実に初めは取り乱し、李敬健に噛み付いてきたが、そのうち


「婚儀はございませんでしたが、日を改めて必ず行うことでございましょう。儀式めいたものはなくとも、私は既に雄元さまの妻であるつもりでおります」と殊勝なことを口にして反雄元派の臣下を牽制した。


それは王と雄元の確執を心配する者たちが、公主に言わせた台詞であろうが、蓮杏(れんあん)自身も口にする度に本当にそうかもしれぬと思うようになっていった。


公主というよりも陶雄元将軍の妻として離宮でも振る舞い、今まで以上の羨望の眼差しと敬恭な態度を周囲から彼女は得ようとした。


もちろんそれに李敬健が閉口しないはずはなかった。


玉兔が尊大な態度に出るのとは違う。


玉兔公主が亡国の公主であるのに対して、蓮杏は現にある程度の影響力をもった女性。それが、このように振る舞えば、雄元派としては煙たくなる。李敬健自身、雄元と蓮杏が結ばれることをこれ以上にない縁組みだと信じ、雄元にも無理押ししたが、確かに蓮杏は『陶太后の娘だ』と頷かずにはいられない態度になっていた。



「やれやれ」


李敬健は再びため息とともにそう呟いた。いつものことだが、やっかいな問題を『後は任せた』と押し付ける雄元に恨み言を言いたい気分である。


今頃、玉兔とよろしくやっているのかと思うと腹も立つ。


李敬健は脇に寄せられた雪を避けるように歩きながら、『将軍も巫女に恋するなどどうかされている』と思ったが、それはしかし悪い意味ではなかった。苦労させられながらもどこか馬鹿げた男につき合わされている自分にひとり笑いがもれた。


―一生抱けない女を好きとは将軍らしい。



玉兔が降らせた雪のお陰で西夷も今年の冬は、興を攻めることを諦めただろう。春までには西夷の敵である契氏国に使者を使わし、左右から西夷を叩くことも出来る。



北風が敬健の頬を切ってすすんでいった。


そして彼は遥か彼方、向こうの城壁に雪と同じ色の人影を見た。


―金烏公子?


白髪と白い衣。祈りを捧げているようでも、ただ雪に染め変えられた大地を見ているようでもあった。


李敬健はなぜか興味を持った。


寒さから逃げるように自室で休もうと思っていた足を城壁へと向けた。


この離宮の主であり、興国の神司(かんづかさ)である金烏公子。異様なまでに若い相をしているが、敬健には隷が年老いた翁にしか見えなかった。先王は不老不死に最後までこだわり、この金烏宮という聖地を人為的に創り上げたが、ついにその望みを叶うことはなく雲隠れたが、公子はどうだろうか。


隷は先王の子ではない。


その事実だけでも、彼の年齢のほどは窺える。先王が隷の父である王を殺したということを聞いたことがあるが、秘されるべき事実なのだろう。詳しいことはずっと李敬健も知らなかった。だが公子志旦の首を離宮の西に埋める前に、年老いた宦官から、そこには隷の母の首が埋められており、それを隷は長いあいだ掘り起こしたがっていたのだと聞かされた。


首を城の周囲に埋めるのは外敵から守る呪禁の一種。瞳だけがくり抜かれて西にいる敵に向けられていたとか。今、年月を経て、隷の母の首はその役目を終え、志旦の幼いそれが据え代えられた。


では、隷は城壁の上で何を思っているのだろう。李敬健は暗い石段を上った。雪がまたはらはらとし始めた。


「金烏公子」


「......」


「いかが遊ばしましたか」


李敬健は彼に声をかけた。


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