落陽記
落陽記
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もとより雄元は運命や宿命などを信じない男。
西夷はどのみち興国と対立していくのは避けられない。その理由が欲しくて無理難題を押し付けてきているだけの話だと彼は思った。
「私が寧に人質として遣わされる時、西偉で最も力のある占星術者が『やがてこの君、王になる』と予言したのです。人質にやることが決まっていた公子にそんな定めがあるとは自分も含めて誰も思わなかった」
「......」
「だが、私は寧で姫に恋をした。しかし、かの姫は天帝の娘だと分かった」
「つまらない話だ」
伊士羅は『つまらない』と一蹴した雄元に苦笑を浮かべ、そして今度は鋭い視線を向けた。
「だが、予言は本当になった。いや、私は予言を本当にした」
「......」
「兵は二十万。明日には国境を越えるでしょう」
「それではまるで予言通りにお前が西夷王になったとでも言うようだ」
「そうです、私が西夷の王です。興の君主、陶雄元」
雄元の頭の中は一瞬だけ白い底に落ちた。だが、それはほんのひと時の間のことで、彼は速やかに兵の位置と数に頭をめぐらせた。直ぐに使える兵は蘇学の三万。それに絽陽に常駐する二万。南方にいる五万も無理をすればなんとか呼び戻せるだろう。しかし寧にいる四万は動かしがたいし、金烏宮の兵、一万は王を押さえるのに絶対に必要な数である。
「ならばこういうことは考えなかったのか」
雄元は黄金の柄を持つ剣を抜いて伊士羅の首に当てて言った。
「残念ながら私を殺しても兵は引きません。あまたいる兄と父を殺して王座に就いた私を将軍が殺してくれるのを待っている連中など腐るほどおりますから」
雄元は歯ぎしりをした。
「将軍、失礼してよろしいでしょうか」
呂雲は、顔色を青ざめて戸口に姿を表し、雄元が使者に剣を突き立てている様子に驚いた。
「後にしろ」
「いえ、後では」
「私のことならかまいません」
西夷王は平然とそう言って立ち上がると、雄元が使っていた椅子にどしりと座った。
「どうしたというのだ」
雄元は伊士羅の余裕めいた態度を腹立たしく思いながら、耳打ちする呂雲に訊ねた。
「それが......北方の揩州(かいしゅう)にてまた農民の反乱が起こっているとのことです」
「数は?」
「今のところ二万。ですが大規模に発展する可能性があります」
「皆殺しにしろ」
「はっ」
揩州は北の地。すでに兵が鎮圧に動いているだろうが、今の雄元には農民とは言え、手心を加えている余裕はなかった。それにしても完璧なまでの時期である。雄元は西夷がこれを煽動したのではないかという懸念をもった。
「王、あなたはなかなか手の込んだことをする人のようだ」
「私はただ私の妻となるはずだった人を返して欲しいだけなのです。そのために、王の座にこだわったと言っても過言ではないのですから」
「玉兔にこだわったのか、天下を手中に握ることにこだわったのか疑問だな」
「陶雄元、それこそ愚問です。私は姫を妻に迎えられるのなら、寧で人質のままでもよかった。寧は穏やかで美しい国でした。冬隠る季節の白い雪、春の雪解けと若菜。碧い夏。庭に散る秋の木の葉。そこに公主がいる。決して悪い人生ではない」
「......」
「しかし、九つの太陽、天帝の姫を妻に出来るのは地を治める帝のみ。ならば、私がこの地を治め、天を祀るしかない。選択の余地のなかった」
雄元は目の前の男が興の王であったならと思った。そうであれば、この男のために戦場で命を落としても苦ではないかもしれない。しかし、事実は違った。興には煮え切らない王が存在し、雄元はそれに代わってこの国を治めなければならない。
「王よ、しかし残念ながら紫雲は絽陽から上がっていたと玉兔は言っている」
「......」
「それが本当であれば、天命を持ち地を治める人間はあなたではないことになる」
雄元には今まで壮大な野心などなかった。前王が政務を放棄し、隷の言葉に耳を傾けなければ、一人の武人として戦場で生涯を閉じていただろう。だが、目の前の碧眼の王の前に立つと、彼の中の為政者としての血が騒いだ。
自分こそがこの広大な大地を治める者となり、この男を倒す。
それは初めて彼が抱いた必然的な野心だった。
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