落陽記

 

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雄元(ゆうげん)は本来、王が座する賢清宮の空席の玉座を見上げると、ゆっくりその階下ある椅子に腰を下ろし、西夷の使者を迎えた。


西夷からの使者の三名のうち一名は明らかに碧眼長身の異形の男であった。他の二人は顔立ちなどはさほど中原の人間とは違わないが、身にまとっている胡服や歩き方、持っている雰囲気全てが蛮族のものであるのに対して、碧眼の男のみが、袍をまとい、雄元に寧風の三拝九拝したのは、いかにも格式張った中原の貴族のものであった。


「二度目かな?公子伊士羅」


「その節はご挨拶もままならず失礼申し上げました」


視線は着物の襟元よりも少し上。礼にかなった位置である。ただ、玉兔を思わせる寧の言葉が雄元の鼻についた。


「挨拶なら十分していただいたよ、公子。未だに傷がうずくときがある」


伊士羅(いしら)の口元が少し緩み、そして視線が上がった。


「この度、先王が崩御遊ばしたのを西偉王に代わりましてお悔やみ申し上げに参りました」


横にいた男がその言葉に立ち上がり、王からの書を呂雲に手渡した。雄元は『お預かり申し上げる』とだけ答え、伊士羅が続けて言う英の即位に伴う祝い言上のすべらかなさまに舌を巻いた。


貢ぎ物として白狐裘や、西方の硝子の杯、楽器、玉などが目の前に広げられた。が、その珍しさに雄元は食指を伸ばすどころが、西偉が西方でいかに巨大化しているのかを示されている気がして目の前の男を警戒した。


「前置きはこのあたりにして欲しい」


そう言ったのも、長々と伊士羅主導でこの場を仕切られたくなかったからであった。


「我が国の国境を西夷は侵している。一体どういう気であるか」


雄元は異国の使者を見下ろした。


「陶将軍。我が国の目的は今は一つだけです」


「それは何か」


「寧は我が西偉と同盟の関係でありました。将軍は我が国が寧に送った質をも殺し、寧の地には今や興の旗が上っております。我が君はそれに対して不快であると思っているのです」


「寧は滅んだ。今は興国の地であり西夷が何と言おうが兵を引くつもりはない」


「陶将軍、ご事情は十分承知した上で申し上げているのです。ただ、西偉(せいい)といたしましても興と武力で対立することは本意ではありません。つきましては、こちらに渡して頂きたいものがあるのです」


「......。それは何か」


「寧の公主です」


伊士羅が低く頭を下げた。態度は非常に謙虚で服従的であるのに対して、言葉の中に含まれているのは脅しであった。興国に西夷と和解したくば要求を飲むように言ってきているのである。


雄元は足下に跪いたままの男を見下ろし、微動だにしない異国の公子に無感情になった。


「断る」


伊士羅は面をゆっくり上げた。瞳が初めてぶつかった。


「玉兔は譲れない」


寧に質として暮らしたことのある男は、玉兔がどのような能力のある女か知っていて西夷は戦と土地と交換したいと言っている。雄元も九つ太陽の予言や雨乞いを目の当たりにしてきて、その有効価値を十分に分かっていた。それをみすみすこの内政の不安定な時期に手放すことは出来ない。


雄元は席を立ち、後ろに腕を組んだまま室内を歩き出した。呂雲がそれを合図に二人を残して人払いした。


「あれが巫女であるから欲しいのだろう?」


「興国には既に二人も九つの太陽がいるのです」


「だから一人ぐらい寄越せと?」


雄元は皮肉に笑った。


「それもありますが、将軍。かの姫は私の妻となるべき人なのです」


「......」


「そういう星の巡り合わせで生まれてきた人なのです」


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