落陽記
落陽記
6
興の都、絽陽についたのは寧をたって五日目のことである。
さすがはここが世界の中心だと興国が自負するだけのある繁華な街であり、郭内を貫く一本の大路の遥か向こうにに九重の甍がそれを支えるように輝いていた。
都城門を潜る前に帳を張り巡らされた乗り物を与えられていた玉兔は、凱旋にわき上がる人々の好奇の視線から隠れるように衣を頭からかぶってその様子をほんの少しだけ隙間から見ただけで、身を伏せた。
「すごいだろう?」
玉兔に雄元が誇らしげに馬上から話し掛けたが、案の定、返事はなかった。かと言って彼がそういう玉兔の態度に機嫌を悪くするわけでもなかったのは、それが彼女に対して言った言葉というよりは、むしろひとり言に近いものだったからである。
「陶将軍、ただ今知らせがございまして、王は離宮におわすとのことですが」
「離宮に......。では城内にはいることは必要ないだろう?俺はさっさと一人帰らせてもらうよ」
「将軍。それはいかがかと」
「後は任せる」
「公主はいかがされるのです?」
復命もせずに自邸に帰ると言い出した陶雄元の権家ぶりに敬健は困り果てて玉兔のことを持ち出したが、『王がいないのに行っても仕方のないことだ』と取り合わず、自邸に一緒に連れて行くと軽く受け流したので、さすがにそれには李敬健が驚いた。
「しかしながら将軍......」
「城内に行けば丞相がいる。王が離宮にいるというなら丞相が独断で動けるだろう?そんなところに俺ものこのこ復申するつもりはない」
現丞相は陶雄元の叔父にあたり、陶家には李敬健にも計り知れないような事情があるのでだろうと、口をつぐんではみたが、やはり副官に全てを押し付けるのは酷いように敬健は思った。
「心配するな。問題にはならない。それに俺は負傷している。傷の手当をしなければマズいだろう?それに、叔父上が用事があるならあちらからやってくるだろう」
「はぁ......」
「じゃな」
復命しないどころか、丞相も呼び寄せるという雄元を李敬健はあきれ顔で見送しかなかった。
しかし雄元からすれば、叔父の*陶丞相の権力は王に勝るというほどではあるが、陶家の家長は自分であり、陶家の支えがあってこその丞相の座であるのだから、自分がわざわざ跪いて報告する必要など何もなかったのである。
丞相(じょうしょう)=宰相
「お前もやっと湯につかれるな」
終わりなく続く自邸の塀の横を駆けながら、車中の玉兔に雄元は優しく言ったつもりだったが返事はなかった。
疲れているのだろうと思った。
そして丞相やら宮内の古狸たちがどう彼女を扱うのかと心配になった。殺すことはないであろうが、どこかに幽閉されるのは間違いない。
もし彼女が普通の公主であったなら、雄元なら多少の我がままを言うことも出来たかもしれない。だが、彼女は九つの太陽の一つ。一人の人間の手中に収めておくには大き過ぎた。
『仕方がない、離宮に連れて行くか......』
他に選択の余地は雄元にはないように思われた。
「お帰りなさいませ」
雄元ら一行が屋敷の門を潜ると、家人たちが轡をとって迎え入れた。口々にその無事を祝い、寧での活躍を誉めたたえる。
「これは客人だ。丁重に扱え」
なかなか車から降りてこないのに苛立った雄元が、玉兔の白い腕を引っ張って引きずり出すと、彼女は人目に自分の姿が晒されるのを嫌って頭から衣を被り直した。
長い旅で集めた砂を体から落としながら歩く彼女の姿は、初めて寧の宮で出会った時とは別人であり、少なくとも数日前までは横柄な口を叩くぐらいは元気であったのにとさすがの雄元も哀れに思った。
「寧の公主だ。着るものを用意してやれ」
「は、はい。かしこまりました」
死体のような玉兔の腕をそのまま老いた女官に雄元は託した。
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