落陽記

 

44


王が崩じられ、英が王位についたのは、秋も終わりのころ。すっかり色づいた木々が風に揺れ、赤い木の葉を落とすのを玉兔は感慨ぶかげに高楼から眺めていた。


喪に服しているために明るい宴などは催されることはなかったが、金烏宮の静けさは、大夫や女官たちのたてる声に追い立てられ、玉兔の部屋までその華やぎは聞こえてきた。しかし一角に集められたかんなぎの居住区だけは、何かに怯えるようにそれから身を潜めている。


「ずいぶんここも変わったわね」


老女の菜季(さいき)に玉兔は呟いた。


「さようでございますね」


玉兔は以前のように離宮を自由に歩き回ることは出来なくなった。それでもここの巫女たちに監視される日々から解放され、気に入った高楼の一室を与えられたことを雄元に感謝せざるをえない。


彼はどうやら玉兔が九つの太陽のかんなぎであることを人に言うつもりがないようで、寧の公主で質となった姫であるとだけ説明をしていた。絽陽から来た者たちは、彼女を雄元あるいは公子隷の妾であるのだろうと思い、関わりをもたぬようにした。


それは玉兔にはあまり嬉しくない誤解ではあったが、煩わしい好奇の目に晒され、巫女としていらぬ仕事をさせられるよりかは幾分気楽であった。


逆に、隷は外界からの移住者たちが持ち込んだ穢れに体を崩しながらも、この宮殿の囚われのかんなぎとして天を祭り地を崇める儀式を一人になっている。



「金烏公子がお越しでございます」


朝からの待ち人がようやく姿を現した。


「遅かったのね」


暇を持て余している玉兔が批判気味に言うと、隷は『忙しかった』とだけ言って窓際に腰をかけた。


「ずいぶん痩せたのじゃない?」


「そうかもしれない」


疲れた顔をしていた。白い顔がさらに青白く沈んでいる。


「ここはいい。汚い気が窓を開ければ外に抜ける...」


茶を口にした隷は、少し窓を開けた。冷たい秋風ではあるが、言われてみればなるほど風の流れがよく、邪気が少ない。


「悪いが、少しばかりあなたの気を分けてくれないか」


「...いいけれど」


弱っている隷を前に玉兔も否とは言えなかった。眉を少しさげて、不安げな彼女の手を隷は取り『心配はいらぬ』とその瞳をのぞき込んだ。


「少しでいい」


玉兔は隷に促されるまま、長椅子に体を横たえた。


襟を大きく自ら開けると、日の印のある鎖骨を彼に晒して目を閉じた。そしてやましいことは何もないが、もし雄元が隷に触れられたことを知ったら...と不安になった。きっと菜季が報告する。そして彼はまた不機嫌になる。


だがそんな不安も、あんな約束を交わしてからも雄元とは何もないことを考えれば、心配する必要は何もないかもしれないと彼女は思い直した。


冷たい手。隷の指先が日の印に触れた。


「恐れることはない」


見透かしたような隷の言葉―。


「運命はあなたのものだ、公主」


「...」


「たとえ、将軍がなんと言おうとね」


隷は玉兔の体から気を吸い取った。彼の手の日の印と彼女の日の印が結びついて、痛みに彼女は顔を歪めた。そしてその痛みの中で、体に触れられた時に彼に心を視られたのだと気付いた玉兔は、体に走る電撃を無視して、瞳を開けた。


隷に出来て彼女が出来ぬことはない。


心を日の印に集めた。


混沌とした深い闇が玉兔を遮っていた。悲しみ、怒り、絶望。その余韻のように残るの何であるのか?手探りで彼女は隷の心の中を漁った。


『隷、お逃げなさい。早く』


混沌の中で、玉兔の手を女が手を掴んで言った。記憶の狭間にいるのであった。金の髪飾りに絹の光沢を放ち、目の前の女が興国の後宮に住まう麗人であるのが玉兔にも分かった。彼女はしきりに振り返り、『隷、早く』と玉兔の背を押した。


―命を狙われているんだわ。


それは陶雄元の軍が寧の王宮に侵入してきたとき玉兔が感じた恐怖に似ていた。


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