落陽記
落陽記
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「公子英さま、丞相陶勝林さま、ご到着です」
その日の夜遅くに公子英が離宮に着いた。袍の上から銀の鎧をつけた、およそ実戦とはかけ離れた装いである。
「公子、どうぞ武具を外されてお寛ぎください」
「...。それより父上にお目にかかりたい」
「王は既にお休みです」
英はあからさまなため息をついてみせた。控えていた近侍の頭がそれに一層低く下がったが、雄元は叔父に苦笑を向けただけだった。
「志旦に賜死が下ったと聞いたが、本当であるか」
「はい。既に使者が絽陽に向けて立っています」
「...」
母は違えど、父を同じくする弟である。英は雄元の処置が不快だった。だが、雄元から言わせてもらえば、こちらがやれねば、賜死を命じられるのは英である。
煩わしそうに武具に手をかけた英に、まわりの者たちが手を貸そうとしたが、その手は払いのけられ、『下がれ』と低い声が薄暗い部屋に響いた。温厚なこの公子にしては珍しい不機嫌さに雄元は目の先を鋭くした。
「金烏公子が面会を求められてますが、いががなさいますか」
「...。お会いしよう。どうお詫び申し上げたら、聖地を汚した罪を許されるのかお聞きしなければならない」
雄元は英の態度に内心腹を立てていた。命をかけて、この離宮を乗っ取って、志旦派を始末する手はずをとったのは、すべて英の立太子のためである。相談もなくと英が、陶家の暴走を快く思わないとしても、表面的に労いの言葉ぐらい向けるべきである。
「金烏公子がお見えでございます」
室内の三人の男は高貴なる囚われ人のために立ち上がった。英はわざわざ上座を彼に開けるべく下座にずれた。
「公子英、ひさしぶりだね」
「金烏公子にもご機嫌麗しく」
「立坊とのことお祝い申し上げる」
英は隷に拝手して出迎えた。隷もそれに拝手をもって答えた。
「この度の離宮での流血騒ぎをなんとお詫び申し上げていいのやら...」
「公子英、そんなことを気にする必要はない。浄化はかんなぎたちの力が戻ったら行おう」
隷は優雅に椅子に腰を下ろした。座り様に払った袖の動きさえも文句のつけどころがないほどの美しさであった。金の烏をあしらった刺繍が襟元を飾る袍に白い髪が掛かって、女かと見まがう顔を縁取っていた。
「明日には公子志旦(したん)の首が届くだろう?ゆっくりなさっていくがいい」
「金烏公子。我々はしばらく絽陽の機能をこちらに移すつもりでいるのです」
隷は雄元の言葉に少し眉を寄せた。
「還御していただくには病が重い。英さまにお越しいただいたのもそのためです」
「...。歓迎しよう」
燭台に映し出された隷の顔は青白かった。穢れによって気分がまだ優れないのだろうと雄元は思った。
「将軍、公子志旦の首は離宮の北西に埋めくれるといい。西夷の侵入からここを守ってくれるだろう」
「...」
「玉璽を」
隷は玉兔に預けてあった玉璽を英の前に差し出した。その金の鈍い煌めきに英は一瞬魅せられ、そして恐れた。
「王の病は重い。あなたがお持ちになっているのがいい」
「金烏公子...」
英は躊躇していた。が、隷はそんな英を待つ気はなく、無造作に興の王の象徴である玉璽をその掌に乗せた。
そして今度は英に隷は拝手ではなく拝跪した。金の足枷が重く鳴った。