落陽記
落陽記
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「金烏公子、玉璽をお渡し下さい」
流石の雄元も公子に剣を向けることは戸惑われ、椅子に身を沈めている公子に一歩近づき、手をその顔の前に掲げた。
「公子英がここに来た時に渡そう。それでどうだろう?将軍」
「...」
「私も玉璽もどこにも逃げないよ」
隷は玉兔を手招きで側に寄せると、彼女の掌の中に黄金の玉璽を握らせた。戸惑いの瞳が小さく揺れた。
「しばらく玉璽は玉兔公主が管理するということでどうか。あなたとて、逆臣の誹りは免れたいはずだ。私から王に奏上申し上げておく」
「......」
「玉兔公主。寧の最後の姫にして九つの太陽の巫女。あなたの掌の中に、興国が存在している。神意をあなたが感じるならば印を押すといい。人の生も死も、そしてこの国の栄えも滅びもすべてが今ここにある」
「...。いらない。返す。興なんかどうなろうと知らないわ」
男たちの四つの瞳が彼女に注がれた。黒い武人の瞳と灰色のかんなぎの瞳。玉兔は掌の中の金印を隷に押し戻した。
「玉兔、それはお前が持っていろ」
「いらない。いらないったら」
彼女は面倒なことに巻き込まれるのはごめんだった。これから政変に破れた華応安らの粛正が始まる。会ったこともない人間の死刑宣告に印を押すのは気持ちのいいものではなかったし、もし後々陶雄元将軍の離宮乗っ取りが失敗し謀反として裁かれたならば、協力者とみられる可能性がある。
「あなたたちは狡い」
「心配するな。明日には公子英さまはこられる。それまでの間、預かっているだけだ」
「だけど...」
「公主、ここで私は玉璽を将軍に渡す立場にないのです。そして将軍も私に預けていては安心できない」
「王が持っていればいいでしょ?」
「王?」
隷が口元を歪めて冷ややかに笑った。
「もはや王は公子英なのだよ」
「...」
「それが今日の将軍の暴挙、いや快挙なのだから」
意味ありげに視線を移した隷に雄元は腹を立てた。憮然とそばの長椅子に腰をかけると、血で穢れた剣を机の上に置き、これ以上隷に無遠慮な言葉を慎ませるために無言で瞳を刀にした。
そもそもこうまでして、自分が王に進言申し上げようとしたのは、国を思えばこそのことである。謀反かと問われればそうかもしれない。しかし、国政を顧みずにこの離宮に引きこもってしまった王を諌めるのは臣として当然のこと。
隷は、雄元が王を差し替えようとしていると玉兔に言うが、まだそうすると決めているわけではなかった。彼はまずは英を太子にし、摂政すべきだと考えていた。王を御位から引きずり下ろそうなどとは、雄元は考えてもいなかったのである。
「金烏公子、あなたは少し私を誤解していらっしゃるようです」
「誤解?それならいいのだけど」
「...」
「将軍、血はこの離宮の空気を濁す。あなたの連れて来た兵と刻んだ肉の臭いがきつい。かんなぎたちは玉兔公主のように強い力があるわけではない。現に私も今日は酷く気分が優れない。我らが穢れに苦しみ死ぬまえに禊ぎをすませて貰いたい」
「死体はすぐに離宮から出しましょう」
「...。少し私は休む。こんな穢れは何年ぶりだろう?王が父王を殺した時いらいかな?」
隷は雄元に戸を促した。
隷の書いた璽書の二通を机の上から広い上げると、玉兔の腕を掴んで雄元は大股で、室内を横切った。
「公子、玉兔は私が預かります」
隷は雄元の言葉にまつ毛を重たげに下げた。