落陽記

 


27


かつて古代において、王とは巫祝の者であったという。雨を請い、豊作を祈る、天と地を繋ぐ者が王。それがいつのからか、王に必要とされるものは、矛と剣に取となり、王その人に特別な力は必要とされなくなった。



囚われの公子、隷。


王位争いで破れ、ここに幽閉されたのだと雄元は聞いていた。


絽陽の年寄りたちは隷のことを話したがらない。


彼の持つ力はこの金烏宮殿から出られぬように呪の施された金の足枷によってこの地に封印され、ここを興の廟を護るのを務めとする。



雄元はその銀色とさえ見える白髪に隷の年齢を再び思いをはせた。


『この公子はこの離宮で何年暮らしているのだろう......」


しかし、その答えを雄元は知らない。ただ、神事を司る者たち特有の冷たい視線が玉兔から雄元に流れ、瞳の色に霧を被せた。


「王は帰京できないよ、将軍」


「......。私は英さまの使者として参ったのでございます」


「絽陽では星を視ていないのか?」


「星と申されますと?」


「彗星が視えるとそう報告が来ている」


彗星は凶兆。


「そのようなこと軽々しく口に上らせるべきではりません」


雄元は隷の言葉にその目をまっすぐに見据えて言った。


「将軍。私は本当のことを言っている。この世は乱世になる」


玉兔が隷の言葉に怯えた。それに隷がやさしい視線を送り、彼女の顎に指を触れた。不吉は口にすべきではない。それを承知で隷は今、雄元の前にいる。


「王が絽陽に還御するには私たちもともなう他ない」


「......」


「さもなければ、王の命は朝露のごとく儚いことだろう」


脅されているのだと、雄元は思った。王に帰京を進言できるのは隷しかいない。だが、その引き換えにこの男を自由の身にしなければならい。


目に見えぬものを信じぬ男の雄元だったが、絽陽に隷を連れて行くことは迷信深い*大夫たちから難色を示されることは分かり切ったことだった。

*大夫=高官


「玉兔だけならなんとかいたしましょう」


「彼女のことは絽陽の者たちには知られてはならぬ」


「公子、あなたは何をお考えなのですか」


「何も。ただ王が帰京するにはそれしか方法がないと言っている。無理なら、私は公主とともに、絽陽の末路をこの離宮で見届けよう」


「......。お尋ねしてよろしいでしょうか」


「何か」


「公子英さまには王となる天命はあるのしょうか」


「それは天のみぞ知る」



隷は『私は答えは急ぐ必要などない』と言った。王への謁見を申し出たが、それは隷によって退けられた。すでに王は隷の手の中に落ちているのである。もし、公子隷に手を貸せば、神意によって英を擁して王位につけることが叶うかもしれない。雄元の心は揺れた。


「一度、絽陽に帰って協議いたします」


雄元は、拝辞の礼をとった。跪いた視線に隷の足枷が映った。黄金の呪。


「今度将軍がここに来る時は兵を引き連れて王を迎えるだろう」


隷の言葉に彼は百万の兵がこの金烏離宮を囲む白昼夢を視た気がした。赤い旗が棚引き、天の日をはじいた武具が輝く幻想。不思議なまでの鮮やかな色である。見上げる高い壁の上に立つ玉兔の白衣が、風に乗って飛でいる。青い空。


だが、玉兔が落とした耳飾りを踏んだ時、雄元はふと我に返った。


赤い血のような紅玉。


それ拾い上げ『あなたはここに来るべきではない』と言った玉兔を思い出して握りしめた。既に何かに自分は捕まりかけているのかもしれないと―。


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