落陽記

 

26


この半月というもの、各公子派閥の争いは激しく、絽陽の治安は悪化する一方。その理由の一つに寧攻略をすませた陶雄元の軍の帰還も含まれており、公子志旦派は敏感に状況に反応し、呪詛、刺客、嘘の罪状による公子英派の逮捕など、あらゆる手を労してきたのである。


李敬健にまかせたとは言ったものの、雄元ものんびりしてはおられずに、この離宮にもう一度訪れる前に、公子英に帰京の挨拶に行ってみたが、元来のんびりなこの公子は、庭先で雄元を茶でもてなしながら人ごとのように


「父上には思う所がおありだから」と笑って取り合わない。


「英さま、そのような悠長な」


「でもそうだろう?母上や将軍がどう思うと、やはり弟の志旦は私より優れた人物であるのは確かだし、陶家以外の者たちは志旦を慕っている」


「しかしながら、長子はあなたさまなのです」


「長子だろうが、末子だろうが、天命があるものが王位に上る。そういうものではないのかな」


「......」


「だから王は金烏離宮で天命が下りるのを待っておられるのだ」と、英は付け加えた。


凡庸と世間はこの公子を嘲るが、雄元は厭世的なこの従弟を嫌いではなかった。むしろ、王位につけば、才気立つ志旦よりもそれなりに器の大きい所が見せられるのではないかと、身内の欲目であろうか、彼は思わずにはいられなかった。


「私自身は王位にこたわりはない。将軍には天命のある人間を補佐してもらいたいね」


英の言葉に雄元は自分の姿を映す茶に瞳を落した。


「父上は離宮でいかがであった」


「少しお年をお召しになられたように思いました」


「そうか。では金烏公子は?」


「お元気であらせられました」


「また行くのだろう?ご挨拶申し上げてくれ」







天命とは一体誰に与えられているのか―。


英と話した後に、それを求めて雄元はここへと戻ってきた。それなのに玉兔は王家に天命はない言う。


驚いて声もでない雄元がようやく呪縛から我に返ると、異国の公主は血の気が失せた面を向けていた。言葉を失ったままの彼はそんな姫を気遣って『玉兔』とその名を唇だけで呼んだ。


だらりと垂れた剣を持つ腕。


何かを言葉と声で言ってやりたいと雄元は思ったが、一歩彼女に近づいたのと同時に戸が開き、公子隷が現れた。


白い衣に白い髪。公子英と血が繋がっているとは思えないほどの美少年ぶり。しかし、袖からのぞく白い腕に浮かぶ青い血管に雄元は、この公子持つひやりとした刃のような鋭さを感じた。


「金烏公子......」


「将軍、玉兔公主が失礼をしたようだね」


「いえ......」


隷は玉兔が持っていた剣を取り上げると、将軍に手渡した。それを受け取った雄元だったが、剣の重さが増したかのように感じた。


「おいで。公主」


隷の手が玉兔の肩にのり、長椅子にその体を引き寄せた。玉兔の顔からはあれほどまでに激しかった感情が消えて、抱き寄せられるままに同じ椅子に並んで座る。


「将軍もおかけになるといい」


「はい......」


勧められた椅子に腰掛けたが、ちらりと隷に目をやって、この公子の歳は一体いくつなのであろうかと思った。顔はどう見ても十代。ただ白髪のために年齢は不詳でである。


そんな隷と玉兔が並ぶと、白髪と黒髪が混じり合ってなんとも奇妙な図であった。


「絽陽は賑やかなようだね」


「はい......」


「王も気にかけておられた」


「還御のご様子は?」


「ない。と、いうより絽陽の気がよくない。お帰りになれば、いろいろと良くないことが起こるだろう」


「......。しかしながら、帰京して頂かねば、絽陽は収まり切りません」


「そう......。どうする?公主」


「知らないわ」


「困ったね」


隷は、玉兔の髪を指ですくい上げ、口元によせた。


「あなたは鳳を呼ぶ力がある。絽陽に王とともに行って何かあっては心配だ」


「じゃ、あなたが行けばいいわ」


「......。それは絽陽で許さないだろう」


『そうだろう?』と隷は雄元に微笑みを向けた。


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