落陽記

 

25


何よりも自分の視たくないものは視ないというある種の自衛的心の作用が彼女にはあった。少女特有の気まぐれともいう。それは力の不安定さへと繋がり、九つの太陽というまれに見る能力者でありながら、どこか玉兔の告げる定めの頼りなさとなっていた。


「それで?なんの用でここに来たの?」


自分の心の中を読まれまいと、玉兔は指甲套をはめた長い爪で、扇を広げて顔を隠した。そんな玉兔に雄元は一歩近づくと、その首にはめられた金の首輪を右手で鷲掴みにして、『お前に会いに来たのだ』ともう一度告げた。真剣な眼差しが玉兔を貫いた。


「はなして」


「占ってもらいたいことがある」


「......」


「次の王は誰にすべきか」


「......」


「天命は誰にあるのか。鳳が出現した今、それが必要なのだ」


玉兔の赤い耳飾りが片方だけ地に落ち、雄元は一瞬それに目を移した。草原を二人で駆けた旅。西夷に追われ、落とした簪を失った時に似ていた。が、玉兔はその一瞬の雄元の隙を逃がさなかった。


とっさに彼の腰にある剣の柄に手をかけると、身を反転させ、振り向きざまに剣を頭の上から斜めに目の前の男に向けて構えた。


「玉兔......」


雄元の公主の掴んでいた手が忘れ去られたように宙に浮いて、戸惑いの形を指先に作った。雄元の連れて来た老婆も、玉兔付きの巫女たちも驚きと恐れで固まった。


「剣を下ろせ」


「近寄らないで」


剣を突きつけられている雄元よりも、突きつけている玉兔の方が怯えていた。何にそれほどまでに怯えるにかは彼女自身にも分からなかった。何しろ雄元に対する玉兔の思いは複雑なものであったし、ましてや占卜に関しての強要は玉兔にとって恐ろしいことであった。


雄元はそんな玉兔に敵意をないことを示すために両手を上げた。


「近づかないって言っているでしょう!」


「馬鹿なことはやめろ」


瞳と瞳とがにらみ合った。


「立太子の件で絽陽は揉めている。お前がどちらの公子に天意があるか教えてくれたのなら、俺はたとえそれが陶家の血筋を引かない公子だろうが、推そうと思う。力を貸して欲しい」


「......」


「このままでは国が乱れる」


「......。誰も運命を変えられないわ。天命はどこにもない」


雄元はゆっくりと玉兔の剣の先に指を乗せた。そしてそれを自分の喉元にあて、静かに跪いた。


「絽陽では陶家と華家による争いが始まっている。李敬健の屋敷も焼かれた。王には一刻も早く帰京していたかなければならない」


「......」


「玉兔。お前の力が必要だ」


雄元の視線に玉兔の剣は震えた。喉元にあった剣先が、その震えを隠すかのように額に向けられた。


「玉兔......」


一瞬触れた刃。小さな切り傷が眉間に一筋の血を垂らした。それでも雄元は玉兔から目を離さなかった。


「出て行ってっ!みんな出て行って!」


剣を両手に持ち直し頭上に振るって、玉兔は叫んだ。巫女達はどうしたものかと、顔を見合わせていたが、雄元が黙って頷いてみせたので、さらさらと絹を泳がせて、後ろ向きに戸か下がっていった。



ふたりだけになった部屋。


玉兔は剣を下ろした。


「天命はここにはないわ。乱の気はでも立ち込めている。紫雲の気はまだ弱い。私言ったわよね?あなたはここに来ない方がいいって」


「ならば、天意はどこにある?!王の留守の絽陽は血と血で争う街となっている。放火、暗殺、かどわかし、何でもありだ」


「知らない。私は知らないわ。天命なんてどこにあるのか知ってどうになるっていうの」


玉兔は死を覚悟した。


雄元の口からこのことが漏れれば、殺される。



「興王家には天命はないのよ」


『馬鹿な』と言おうとした雄元の声は言葉にならなかった。


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