落陽記

 

21


「ご無事で何よりです」


雄元を迎えに来たのは、今年成人したばかりの従弟の羽であった。


「ずいぶんと数を連れて来たものだな」


「父が私では心もとないと申しまして」


戦ではないが、初陣といってもよい今夜の指揮に羽は紅顔に白い歯を輝かせた。


その後ろには、叔父の股肱である蘇学がのそりと音も立てずに現れて付き従っている。存在しているだけで、こういう老臣は空気を引き締めるものだと、雄元は彼のひげ面を見て思った。


「羽、悪いがけが人の手当を頼む」


「はい」


雄元の言葉に羽は、颯爽と馬に飛び乗った。


つい、先頃までほんの子供でしかなかった少年が、今は剣を帯びて兵を率いるとは不思議なものである。それは蘇学も同じ思いだったらしく、常は厳しい目尻をやわらかくした。


「いい将になりそうだな」


「まことに」


「で?どうして俺が襲われるのが分かった」


「李敬健さまの屋敷が焼き討ちにあいました」


「そうか」


「驚きになられぬのでございますね。李敬健さまは将軍の邸宅にいらして無事でしたが、予測しておいででしたので?」


「いや、驚いているさ」


雄元は血のりのついた剣を袖で拭うと、それを引きちぎって捨てた。驚いているといえば、玉兔の勘が当たったことの方である。李敬健が狙われたことは、自分がこのざまではさほど驚くには値しない。


「それにしても離宮で兵を借りたのは運がようございました」


「運でもなんでもない。山賊が出ると忠告されたのだ」


「それは......」


「とにかく絽陽に戻ろう」


雄元は少し顎を持ち上げて、王功がいた崖のあたりをもう一度見上げた。


興王の病は重い。


公子志旦派が、既に動き出しているとすれば、雄元も戦場ばかりを走り回っている場合ではない。実直な彼は好まない所であるが、それなりに政治のかけひきもやらねばばならなくなる。


「やっかいなことだ」


堅苦しい袍と冠をつけ、宮殿で策謀する自分を思い浮かべて雄元はため息をついた。


「叔父上は何と仰っている」


「すでに手を打たれているご様子でございます」


「また近々離宮に戻らねばならそうだな」


陶相丞が動くという事は、粛正が始まるということである。王に離宮に隠って神託に頼った後継者選びを止めさせるように諌めねばならない。


「西夷のこともある。あまり揉めずに立太子の件は決めなければならない」


「おっしゃる通りで。陶妃さまもただ黙って見ているおつもりではないでしょう」


「それが一番怖い」


女というものは案外男よりも肝の据わった事をことをする。


伯母の陶妃などは、やはり陶家の血筋であろうか。今も老いを感じさせない白い顔に紅を引き、上品な宮廷言葉を操りながら公子志旦派の宮女に対して誰よりも残酷に処置していた。


「あの方が俺の敵ではないことだけが救いだよ」


雄元が肩をすくめて見せると、蘇学もつられて笑った。


「男であったらと、お父上さまがご生前には何度お嘆きになったことか」


「伯母上が男だったら、今頃西夷も戦わずして興に降っているだろうな」


雄元は手綱を取った。


車に乗るよりも馬の方がいい。夜の風が血を洗い流してくれるようであった。そして彼は出来る事ならば、多くの血を流さずにこの件を片付けたいものだと思った。

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