落陽記

 

20


陶雄元は絽陽への帰路、『山賊』に襲われた。


それは案の定という言葉がぴったりなほど、彼の予想通りに両端を崖に囲まれた細い道にさしかかった時だった。ずいぶんと兵書通りの『山賊』であると、雄元は感心したほどである。


書物によれば、こういう場合、避けて通るべきであるが、あえて彼はまっすぐに進んだ。


それは相手がこういう地形を選んで来る限り、小勢だろうと予測できたのもあったが、離宮で借りた兵三十人ほどを『山賊』の背後に回し、挟み撃ちを目論んでいたからでもある。


『どうせ王功あたりだろう』


王功とは、各国を遊説して歩く兵家である。それが今は興に流れ着き、公子志旦の外祖父にあたる華応安の食客となり、太子冊立に奔走している。


悪い男ではないが、二枚舌なわりに机上の空論から抜けきれない。雄元や叔父の陶勝林などは、そんな王功を重用する華応安の気がしれなかった。


「そろそろ来るぞ」


雄元は家人たちに声をかけた。


緊張が男達の手綱に走った。落陽は山の端を燃やしている。暗くなれば、こちらも少なからぬ被害も覚悟しておかなければならない。


焦りが、だらりと垂れる汗とともに草の匂いを一層深く蒸らした。


―まだか


雄元は馬車の中で、既に抜いてある剣の柄を握り直す。馴染みすぎた皮の具合が余計に煩わしいぐらいであった。


張りつめた息が空の色を変えてしまえば、気付かれる。だが、それより先に賊の踏みしめていた土が崩れた。


「山賊だ。山賊が出たぞ」


前駆を務めていた男が、教えられた通りにわざと悲痛な声を上げて駆け戻って来た。顔を隠した賊がそれを深追いする。


「かかれっ」


雄元も馬に飛び乗った。


だてに幾度も戦を生き抜いてきたわけではない。剣の打ち付ける高い音が、すぐに賊を斬り捨てる鈍い音に変わった。『逃がさぬ』と雄元は王功を捜したが、賊の中には姿が見えない。


『高みの見物というわけか』


出来る事なら一人ぐらいは生け捕って、王功(おうこう)あるいは華応安が黒幕であると吐かせたいところである。が、手を抜いている場合ではなかった。こちらの方が手数が少ない。


それに離宮で借りた王の兵が、思っていたよりも遅れた。


美々しい鎧に輝く剣。若く見目もよい男達ばかりを集めた近衛。足りぬのは場数ばかり。


雄元のような将から言わせれば、それは、身分や剣の腕以上に重要であり、こういう時に嫌というほど思い知らされるのであった。


「山賊ごときがっ」


雄元は、若い兵を押さえつけていた賊を叩き斬って叫んだ。


返り血が黒く淀んで視界を染める。


王功もこちらをさすがに甘くは見ていないのだろう。どれも凄腕の手練を集めて来ている。


―五分五分か...。


冷静に状況を判断しながら、息をつく間もなく雄元は敵を倒していったが、それでも限度というものがある。既に家人の幾人かは息絶えていた。これ以上、やられるわけにはいかなかった。



だがその時、金星が紺碧の空に瞬いた。誰かが指差した先に、幾百もの松明が赤々と陶家の旗を照らしていたのであった。


「将軍っ!あれは陶家の旗ではございませんか?!」


「助かった」


その兵の数の多さに山賊たちが恐れをなして山へと逃げていく。


正直、雄元も肩をなで下ろして辺りを見回した。この山賊騒ぎを指揮したであろう王功がどこかで一抹を確認しているはずだと、暗闇に目を凝らしたのであった。


「あそこだ」


彼方崖の上で騎乗の男を雄元は見つけた。だが、弓を射るにも遠い。いまいましいが逃がす他ない。

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