離婚についてのキリストの教え

マタイ 5:31-32 & 19:3-12

 
 
 
 
 

「妻を出す者は離縁状を渡せ」という、一見いままでの文脈から離れたテーマを、取り扱っているように見えますが、このモーセ律法はその前で言われている「姦淫するな」というモーセ律法と密接な関わりをもっています。申命記24章1節から4節に、そのモーセ律法が書かれています。


    「人が妻をめとって、結婚したのちに、その女に恥ずべきことのあるのを見て、

好まなくなったならば、離縁状を書いて彼女の手に渡し、家を去らせなけれ

ばならない」(24:1)


当時(約3400~3450年前)、離婚に関してイスラエルの人々の中にあった混乱と無秩序にブレイキをかけるためです。この規定を明示することによって、離婚を制限したのです。イスラエルの民の中ですら、女性は低く見られ、男性はどんな取るに足らない、つまらない理由によっても、自分の妻を離婚できると信じ込んでいました。離婚したいと思うなら、男性は「なんらかの理由」をもって、そうすることが出来ました。したがってこのモーセの規定は無秩序になっている離婚問題、そこから生じる男尊女卑の不公平、さらに婦人だけでなく子供たちに与える苦しみを考慮して与えられた、離婚を制するために取り入れられたのです。

 

男性がそれまで使っていた様々な“口実”が、今やこの規定によって全部禁止されたのです。男性が離婚を成立させようとするならば、彼は妻の内に“恥ずべきこと”という特別な理由を確証しなければなりません。しかも証人の前で証明しなければなりません。さらに、自分の妻を離婚する者は、“離縁状”を渡さなければなりません。正式な証明書がなければ、彼女は不貞、姦淫を犯したといって、石で撃ち殺される危険もあったのです。それはモーセ律法のもとでは、姦淫は死をもって刑罰をうけたからです。姦淫を行って、発見されたものは、石で打ち殺されました(申命記22: 22-24、レビ記20:10)。モーセの律法のもとでは、姦淫によって結婚関係は終わりましたが、それは離婚によってではなく、死の刑罰によって終わったのです。ですから離縁状は、女性をその不当な危険から守りました。

 

パリサイ人、律法学者は、このモーセ律法を悪用しました。彼らは“モーセはある条件のもとで、妻と離婚するように命じている、促している”と言うのです。ですからどんな些細な取るに足らない理由にしても、離婚する権利があると、モーセは教えていると主張したのです。

 

この“恥ずべきこと”のモーセの規定を取り上げて、その意味と内容について、彼らは自分たちの典型的解釈を下したのです。つまり男性は、妻が嫌いになったら、不満があるなら、それらはある意味で、“恥ずべきこと”であると教えました。その結果、主イエスの時代には、恐ろしい不義が行われたのです。主は、聖なる怒りをもって、このモーセ律法の真意を、彼らに宣言するのです。 


    「わたしはあなたがたに言う。不品行のゆえでなくて、自分の妻を出して

他の女をめとる者は、姦淫を行うのである」(マタイ19:9)


日語部牧師

岩渕 宏安

2006年10月22日 〜 キリストの山上の説教 〜

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