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「爛漫」ranman  50F  第14回臥龍桜大賞展入選作品 
 実際の宮島には、この絵に描いた程の桜の巨木は存在していません。ただ、細い枝の先まで、まさに全身で花開いている桜の木を見上げる時、私の心は、ワァーっと叫び出したくなるくらい一杯に桜の花で満たされます。その時の気持ちを絵に表しました。
 たった一週間程の時間を一心に咲き誇る桜の花は、艶やかであると同時に、とても儚い。先達の日本画に描かれた多くの桜は、枝垂桜などの、佇まいからして儚さを形に表した様な桜が多いのですが、私は、これまでの日本画に無い力強い桜の表現を目指してこの絵を描きました。このソメイヨシノという品種は、日本人が作り出したものです※。この日本文化を象徴する花の、特徴ある厚みとボリューム感が持つ力強さを描きたかった。日本人の持つ創造力への讃歌です。
 
個人蔵
  
 実家の近くにある誓真(せいしん)碑公園の桜を、下の通りから見上げて描きいたものです。そこは、春になると桜で満開になります。宮島の春のメインスポットから比べると、殆ど知られていない小さな公園ですが、私にとっては、幼ない頃の思い出が詰まった特別な場所です。
 少女の私は、よくこの公園で独りきりの時間を過ごしました。日常の苦しみから離れ、胸にはたくさんの希望を抱いて夢見ていた、あの頃の自分を思い出しながら、この絵を描きました。
 この絵の中にはどうしてもカップルを描きたくて描いてしまったのですが、それは少女の私が実際にここで目にした光景であり、そしてまた未来に夢見た自分自身の姿でもあったような気がします。
 
 
※誓真(せいしん)は江戸時代の僧で、宮島の産業の為に、弁財天の琵琶をヒントに杓子(しゃもじ)を考案した。その杓子はやがて日本全国に出荷される程の名産品となりました。杓子は「みやじま」という代名詞でよばれ、今でも料理人などの間ではそう呼ばれています。
 
「春」haru  8F
個人蔵
   ”世界が平和で結ばれます様に”
 
 
 世界遺産である安芸の宮島は、世界の人々が集まる(訪れる)場所です。宮島を象徴する色とも言える朱色の五重塔をバックに、人類の夢の実現を満開のソメイヨシノで表し、世界の人々の思いが一つに結ばれることを願って、その枝の先におみくじを結びました。この絵は写実の中に、日本意匠の感覚を加えて描いてみました。
 
 私の絵の中では、ソメイヨシノは文化と文明の発展の象徴で、 おみくじは、未知なる未来への夢と期待の象徴です。
 
 桜は山桜がもともとあったもので、日本人の感性に合わせて人工的に花だけが早咲きするようにどんどん品種改良していきました。今一番一般的なソメイヨシノはその最たるモノで、いわば作られた植物、つまり人工物でもあり自然物でもあり、つまりは文明と自然との融合的な発展であり、夢の実現で、人類の壮大な遊びに思えるのです。
 
 日本のムスという言葉(音)は、産む力のことを表しています。蒸す(ムス)=大地から水蒸気が立ちのぼる、苔生す(コケムス)=草や苔がはえる、息子(ムスコ)娘(ムスメ)=生命の誕生、などがそうです。祝儀袋に帯や風呂敷、日本の文化には結びの文化ががたくさんあります。日本人がおみくじをムスぶ行為には、何か新しいものを産み出そうとする願いが込められてきたのだと思います。
 
 不安をかき立てるメッセージで埋め尽くされた現代とは違い、昔の社会の中には希望のメッセージがたくさんあった様にも感じます。
 
 
 私は桜やおみくじを描く時、人の無限な可能性への賛美と信頼が起き、社会の与える不安の呪縛から解き放たれていくのです。
「ムスブ」musubu  120M  
 宮島には、本当にたくさんの桜が植えられています。中でも、昼なお暗い山かげに植わった桜が満開になっている光景は、とても妖艶に感じられます。その桜の木の下で、鹿がのんびり座っているのをよく目にします。満開の桜の木の下で人は感激に酔いしれますが、鹿もウットリしているのでしょうか。
 そもそも鹿にはあまり表情がなくて、いつの季節でも同じ様にのんびりしており、無邪気で何も感じていないように見えます。それなのに、妖艶な桜の花の下に人ではなく、その鹿たちが居るという光景は、私たちが知ることのできない聖なる不思議な空間をそこに醸し出しています。
「聖樹」seijyu  8F
「産霊」(ムスヒ) 個人蔵
 ミニアチュール14×14
「夜桜」0f   個人蔵
「夜桜」 3f   個人蔵
「ムスブ」10F