大林宣彦監督 大名古屋映画

 

夢の川。

それは、堀川に寄り添うように生きていた

ある一家の100年の物語。

そして、それは、さらに遡ること300年、

清須越によって名古屋に移り住むこととなった。

ある下級武士一家の400年の物語。


夢の川は、

名古屋という町が400年の時を重ねるなか、

そこに暮らし、生きてきた幾千万もの名もなき人びとの

切なさや悲しさ、ささやかな喜びや感動を伝える物語。

また、その人びとが培い、育んできた

誇りや自負、夢を伝える物語。

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2008年12月9日、浅井慎平さんを実行委員長に迎え、名古屋映画「夢の川」プロジェクト実行委員会が発足。

いよいよ産官学民オール名古屋による映画製作が、

本格的にスタートします!


4月10日、名古屋城が望めるホテルウェスティンキャッスルで「大林宣彦を囲む会」が開催されました。名古屋市長にも表敬訪問、名古屋市長の協力も約束されました。暫定的にスタートした「なごや100年シネマ制作準備委員会」を経て、8月3日「ドリームシネマ合同会社」が設立。ひょっとした縁あって尼ヶ坂の今枝和仁も映画製作に協力することになりました。そして、11月6日、脚本家南柱根さんによって「夢の川」の企画準備槁をなんとか完成させることができました。


「産官学民オール名古屋で創り上げる大名古屋を。」を大義に、未来の子供たちに「夢はかなえるものである。」ということを映画を通じて伝えたいという思いをひめてスタートしましたものの、様々な困難と厳しい現実にぶつかりましたが、暖かい名古屋の皆さんによってなんとかここまで映画を存続させることができました。夢で繋がった異なるフィールドとジェネレーションのプロフェッショナルが集い映画製作の始めました。映画製作に携わるプロは一人もいない素人集団でしたが、夢が人と人を繋げ、思いが人を動かしたのでしょう。名古屋を愛する気持ちは立場や時代を越えて名古屋人の心の中に宿っていた事を実感しました。


その夢と思いはついに浅井慎平さんに届きました。切っ掛けは8月に名古屋で開催された名古屋青年会議所主催のJCフォーラムでした。そのパネリストとして文化人を代表して大林宣彦監督と浅井慎平さんがの二人が招待されました。「慎平ちゃんは、名古屋出身だったなんてしらなかったな。」と大林監督の一言ではじまり、「この映画はなごや弁でつくらなくちゃいけなんだよ。」のもう一言で、浅井慎平さんとのなごや弁談義に火がつきました。


浅井慎平さんが、名古屋の皆さんの、実行委員長を引き受けてくださったことは「夢の川」実現に向けて大きな前進に繋がると本当に感謝しております。




映画「夢の川」の公開は、2010年を予定!

名古屋の二大イベント「開府400年」と「COP10 生物多様性会議」をつなぐ文化の架け橋とることを祈り、

100年後の未来の子ども達に捧げる名古屋映画。


12月9日、名古屋映画「夢の川」プロジェクト実行委員会が発足しました。ゆっくりじっくりと時間をかけて「クロスフィールド、クロスジェネレーション」という「産・官・学・民」の全ての皆様と協働して、新しい仕組みとプロセスで映画を創り上げることをになりました。生粋の名古屋人であり文化人を代表する浅井慎平さんを実行委員長として舵取りをして頂ける事はまるで夢のようなことだと思います。浅井慎平さんが参加してくださる事で「夢の川」はより名古屋らしい作品となるでしょう。


名古屋市は、2010年は名古屋城が織田信長の居城清洲城から移転(清須越し)して400年。つまり名古屋市「開府400年」という記念すべき年です。また、名古屋市と愛知県は愛知万博以来「環境首都なごや」をめざし、ついに「COP10」生物多様性条約第10回締約国会議が開催されることになりました。190カ国から来賓が名古屋を訪れます。


この映画の舞台となる堀川を浄化するために名古屋市を含め、様々なボランティア団体やNPOが大変な努力をされています。11月に大林監督と共に堀川をクルージングしましたが堀川がこんなにきれいになっているのかと驚きました。この堀川を浄化するということは並大抵のことでないと思います。しかし、「堀川を清流に!」と様々な活動をされている名古屋の皆さんの願いをかなえるためにもこの映画は 大きな切っ掛けになり、名古屋の皆さんの愛着や関心が高まることを切に願っています。


夢の川という映画というを通じて、世界と名古屋、世界と日本を結ぶ文化の架け橋となりことを祈り、100年後の未来のこども達のために捧げたいと思っています。


尼ヶ坂の町には、名古屋城の歴史と堀川の歴史と共に育まれた下町文化があった。


尼ヶ坂の周辺の町は、黒川(堀川)を背に矢田川、庄内川がに囲まれ、清水、水切、舟付という水にまつわる地名が残されています。尼ヶ坂周辺はきれいな水が湧き出る貴重な水源だったようです。江戸時代、尾張徳川の居城を清洲から名古屋へ移した「清須越し」の条件の一つは「きれいな飲み水の確保」だったと言われています。


尼ヶ坂周辺は名古屋城の東に位置した庶民の町であり歴史ある下町です。幸運にも戦火をのがれ、今でも大正時代から変わらぬ長屋やトタンで補強した家々、碁盤の目になった細い路地が残っています。また、「尼ヶ坂」とい坂には、江戸時代、青年武士と「現権小町」とい下町の美しい女性との悲しい恋の物語がタブーとなって残っています。



大名古屋の魅力の再生は、私たちの気持ちの中にある。「大名古屋プロジェクト」とは、

その魅力に気づくきっかけを創ること。

あなたの誇りの再生こそが、

大名古屋カルチャーのボトムアップに繫がる。


この大林監督の名古屋映画のお話を頂いた時、私の中で全てがシンクロしたような気がしました。名古屋城に面した名城公園で遊び、異臭ただよう黒川沿いを走った中学時代。そんな下町育ちの私にとって「夢の川」は「まさか!」のような夢のお話。久しぶりに鳥肌が立ちました。そして、私の中の念願だった「大名古屋プロジェクト」がいよいよ始まるのかと一輪の光を感じました。


尼ヶ坂はクリエイティブの風穴をあけるべく、国内外から様々なクリエイターやアーティストを紹介するアートサロンです。五感を刺激するアートやデザインこそが、名古屋のみなさん、尼ヶ坂のみなさんに感動と共感をもたらすと信じています。


名古屋には、山、川、海に豊かな環境に囲まれた大いなる田舎。優秀な人材も、モノも、インフラも、企業文化も全てが整った豊かな都市です。私はこの大名古屋に「あえて一つ必要なことを上げなさい!」と尋ねられたら、「誇り」と答えるでしょう。


「大名古屋人である誇り(プライド)」。その誇りへの気づきは、生まれたあなたの町にある月並みな風景や生活の中に見え隠れしていると思うのです。私はそれに気づくか気づかないかで、0と100の違いをもたらすのだと思います。つまり、もう既に名古屋には魅力があるということが言いたいのです。



大林監督の「夢の川」に期待すること。

それは、大名古屋の市民一人一人にエモーショナルな絆と変わらぬことへの尊さを伝えて欲しい。


名古屋人は「堅実でコンサバ」と言われます。その名古屋人の豊かな心を動かすのは、もはや金でもなくブランドではないと思います。むしろ「堅実でコンサバ」を誇ることが大切だったりするではないでしょうか。変わらぬことを誇れるプライドと、地元を愛するエモーショナルな絆だと思います。


つまり、この大名古屋に伝わる古き良き文化を守り、失ってはいけないものを再生させることでさらなる魅力を創り出すことではないでしょうか。


それにはまず、私の中の、あなたの中の魅力に気づくこと。そしてそれを輝かせることだと思います。遠慮なしに私の魅力とあなたの魅力を表現することができる「場」と「機会」を創ることだと思います。そう、「大名古屋サロン」が必要ですね!それが、大名古屋プロジェクトの最終ゴールであり、尼ヶ坂のゴールです。


もちろん、「夢の川」は間違いなくその切っ掛けとなることでしょう。




尼ヶ坂 

クリエイティブ・ディレクター

今枝 和仁


浅井慎平さんが実行委員長就任。

生粋の名古屋人が、

本物のなごや弁を映画の中に。