ブログ移転のお知らせ
2007年12月8日土曜日
ご覧の通り、ここまでMacのiWebというアプリケーションを使ってブログを更新してきました。
しかし、どうもこのiWebは使いにくい。ファイルがどんどん重くなるし、iWebがインストールされたMacでしか編集更新作業ができない。しかも大学のLANでは.MacやiSyncの機能に制限がかかっているらしく、大学のMacからはアップロードできない。
そこでブログを以下のBloggerのアドレスに移転して継続することにしました。
よろしくお願いいたします。
好記録が出やすい「3位」〜福岡国際マラソン
2007年12月6日木曜日
五輪選手選考という意味では、佐藤敦之選手の「一人勝ち」となった福岡国際マラソン。結果的にハーフマラソンに実績を持つ2人のアフリカ選手の後塵を拝したものの、差を最小限にとどめて2時間7分13秒の好記録をマークした。
トップ争いにからみつつ最後はわずかに遅れをとり全力を出し切っての3位。この展開、順位はもっとも好記録が出やすいと思う。確かシカゴで高岡選手が日本新を出したときも、一時先頭を切るものの最後はついていけず、それでもジェンガ選手と争いながらラストを効かしての3位だったと思う。
比べるのもおこがましいが、私が大学時代の800mのベストを出したときも、ラスト150mから慶応、明治の選手に離されないように必死にもがき、なんとか食らいついてゴールになだれこんだという展開だった。
オーバーペースで後半脱落するでもなく、先頭争いで牽制するでもなく、自ら引っ張るロスもなく、夢中で着いていってじり貧になりながらも持ちこたえた結果としての3位という順位。記録の好条件だったと見ていい。佐藤選手も1,2位の2人に感謝すべきだろう。
つくばマラソン〜8年ぶりの自己新
2007年11月25日日曜日
2時間50分の別大参加資格記録を目指して臨んだつくばマラソン。快晴無風と天候に恵まれ、また自分自身のコンディショニングもうまくいき、2時間48分34秒と目標の50分を上回るだけでなく、約8年ぶりに自己記録を35秒更新することができた。
前半は不忍池ACのお仲間Kさん(写真右側)と併走しながら確実な4分ペースで刻んだが、追い抜いてきた女子選手を囲む集団について行ったところ20〜25Kを19分23秒と少々あげすぎた。
そこで、落ち着いてあえてペースを落とせたのが我ながら賢かったと思う。余裕を保ちつつ30〜35Kも20分ちょっとでカバーした時点で「いける!」と気分が高揚してきた。
ところがここからは両ふくらはぎ、両大腿裏を襲う痙攣の前兆との戦いとなった。ピクッときてちょっとペースを落としてやり過ごし、また徐々に元のペースに戻すとまたピクッ、の繰り返しだったが、それでも大きくペースダウンすることなく、先行するナンバーカード100番台の選手を(私は317番)次々にとらえていった。
ラスト2Kを9分かかっても大丈夫となった時点で50分切りを確信し、不忍池ACのキャプテンや知り合いの筑波大の女の
筋肉疲労著明
2007年11月11日日曜日
昨日の、午前:伊豆ヶ岳トレイルラン12km、午後:日本陸連ランニング講習会(講師として参加)ペース走4000mなど、が効いて、両大腿前面、両臀部が筋肉痛になっている。大腿前面はまるでフルマラソンの後のような感じ。臀部はトレイルランならではの疲れ方だ。
夕方に赤羽のナショナルスポーツセンターから東武線のときわ台駅まで3kmを走ったときはほとんど疲労を感じず元気だったのが今となっては不思議だ。
で、今日はつくばマラソン前最後のロング走としてあわよくば30km走をと思っていたのが、走り始めてあっさりあきらめて20kmにしてしまった。それでもキロ5分がきつい有様。終盤だけ筋肉痛を忘れてまあまあ伸びやかに走れたが、心拍はついぞ140以上には上がらず、あまり刺激にはならなかった。脚筋力の耐久性がついたか。
それにしてもいつも思うことだが、GarminのGPSウォッチの衛星捕捉はもう少し早くならないものか。3つ捕捉したら測定可能となる仕掛けだが、今日は15分近くかかった。
時間のないランナーにとってはその間ももったいなくてついすぐ走り始めてしまうから、最初の何分かは走行距離や速度の
高尾山天狗トレイル
2007年10月7日日曜日
高尾山天狗トレイル2007(vol.4)は好天に恵まれた。暑すぎもせず、寒くもなく、陽光がさして、日陰は涼しく、山の上はとても気持ちがよかった。
トレイルのレースは初めての参加。普通のロードレースとは雰囲気と客層が違う。本当にランニングライフを楽しんでいる、ないしはトレイルランが大好きな、新世代のランナーが多く集まっている。みんなウェアなんかも個性的で、タイツと派手な柄のパンツの重ねばきやバンダナ、ジップアップのシャツなど、おしゃれだ。
道具もハイドレーションバッグを背負っているのはもはや珍しくもなんともなく、なかにはスキーストックのようなバランスポールを持っている人も。トレイル専用手袋(指のないもの)はうらやましかった。シューズはモントレイルが圧倒的人気。ソックスも陸上用の野暮なのを履いている人はほとんどいなくて、トレイル用の濃色のものをみんな履いている。
たまに、普通の陸上部みたいなジャージを着て、マラソン選手みたいにランシャツランパンで普通のレースシューズを履いているおじさんがいると、完全に場違いだ。
僕は写真のごとく、オレンジ色の丸首袖無しシャツに黒のボックス型ランパン。
越後湯沢秋桜ハーフマラソン
2007年9月30日日曜日
拓斗がレースデビューした。舞台は越後湯沢。小学1・2年生1kmの部。最初こそ「パパが勝手に申し込んだ」とかなんとか文句を言っていたが、じっさいに越後湯沢入りしてみると、まんざらイヤでもないようで、コースの案内図を見たり、「前半ゆっくり後半じわじわスピードを上げるように頑張れ」というアドバイスに素直に耳を傾けたり、それなりにやる気を見せていた。目標タイムは一応6分に設定した。もちろんペースを調節できるわけもない、途中で飽きて歩いたりしなければ、これくらいになるだろうという予想タイムだ。
さて僕の方はハーフマラソンに出場。あえてこの時期にアップダウンの激しいコースのレースを選び、タイムよりも走力強化を狙った。いつも通りに前半は余裕をもっていって下りに転じた6kmすぎから攻勢に出る展開。終盤の再度ののぼりで少々ペースダウンしたが、無難なペースメイクで1時間24分59秒だった。
で、拓斗の1kmはその間にちょうど終わってしまっていて観戦・応援することはできず。なんでも監督?のアドバイス通りに前半はゆっくりいったが、それでも若干オーバーペース気味だったらしく後半も順位はほとんど
NHKはメジャーリーグ偏重だ
2007年9月25日火曜日
年々NHKがメジャーリーグベースボール(MLB)をスポーツニュースで取り上げる度合いが増しているように思う。しかもスポーツニュースのトップに持ってくる。
歴史的大試合(野茂のノーヒットノーランなど)があったというならわかるが、なんでもかでも今日のメジャー、というかたちでニュースにする。
BSで大リーグ中継を行うのはまだいい。見たい人だけが見ればいいからだ。
しかし総合テレビのスポーツニュースとなると、当然時間枠が決まっている。限られた時間のうち数分を毎日のようにMLBをやる意味がどこにあるのか。
そもそもMLBはアメリカ合衆国(とカナダ)の国内スポーツである。日本人選手が行ったにせよ、彼らは決して日本代表として国際試合に臨んでいるわけではない。
以前はマリナーズが勝とうが負けようが、イチローが何打数何安打だったとかばかり言っていて、野球がチームスポーツであることさえNHKは理解していないのではないかと思ったものだが、最近はマリナーズなりヤンキースなりの成績も盛り込むものだからニュースに占める割合がますます大きくなっている。
その結果、スポーツニュースでとりあげられない競技も多い。
関東医科大学陸上
2007年9月24日月曜日
今日は関東医科大学対校陸上競技大会に行ってきた。もちろん監督の仕事ということもあるが、この大会はOBが堂々とオープン参加できる貴重な試合。場所は上柚木公園という多摩ニュータウンのはずれにある平成7年頃にできた新設の競技場だ。
当直明けだったのだが、早朝に母体搬送されてきた早剥の帝王切開があり、競技場に着いたのは1500mの40分前。ろくにウォーミングアップもできず、調子が出ないまま、4分46秒24という誠に冴えないタイムで終わってしまった。学生の予選に混じって走らせてもらうのだが、先頭争いにからめないどころか、真ん中より後だった。これも悔しい。
3時間後の5000mは、小雨が降った後で涼しく、絶好のコンディションとなった。ちょうど山梨大の学生が2人組で走っているのを1000からラスト1周までペースメーカーとして利用させてもらい、ラスト300から得意のスパートを放って17分48秒77だった。
こちらは最近走った5000とほぼ同じようなタイム。コンディションが良かった割には今ひとつ。さらにオープンに出場したOB3人の中では一番遅く、これもがっかり。
他のOBはというと一人は同世代(1
人類遺伝学会評議委員会
2007年9月12日水曜日
今日は14時に産科外来を終えた後、明日からの人類遺伝学会の大会を前にして京王プラザホテルで行われた評議委員会に出席した。
昨年秋に人類遺伝学会の認定する臨床遺伝専門医の資格をとって評議員の被選挙権ができ、小児科のO竹先生の尽力で埼玉医大からO竹先生とともに当選したというわけだ。まわりは名前を見知った偉い先生方ばかりで気後れしてしまうところだったが、幸い評議員と名前は立派でも154名の大所帯なのでいきなり重要な学会運営の仕事が任されるわけでもなく、今日わかったことだが、学会の評議員とは会社の社員に相当するもので、今日はさしずめ社員総会にあたるらしい。
いくつか面白い議題が出てきたが、一つは年々臨床遺伝専門医の受験者が減っているということ。昨年の私が合格したときが33名だったが、今年の受験者は28名だそうだ。毎年70数人の新規研修開始届者がいるのでざっと専門医試験受験までいくのが3分の1。なるほどと思う一方、頑張って昨年合格してよかったと胸をなで下ろした。
もう一つは、学会誌の運営状況の報告。Impact factorは2.2だそうだ。日本からの投稿が40%にとどまっているとのこと。
「のり子大好き」
2007年9月11日火曜日
一昨日の北海道マラソン2007でまたこのなんとも目立つ胸ロゴをつけたユニフォームがテレビ画面を占有した。これは市民ランナー業界では有名なH沢選手。終盤独走となった女子優勝の加納由里選手の直前をまるでテレビカメラから加納選手の姿を隠すような場所で走り続けた。北海道マラソンでは毎度の登場で昨年も優勝の吉田香織選手と並走、かつてはより注目度の高かった千葉真子選手とも並走した歴史がある。ここまで来るともちろんテレビ写りを目的としていることは疑いない。本人は自分のHPの掲示板で、テレビ写りが目的であることは否定しており、実力が似たり寄ったりなのでたまたま女子のトップと一緒になってしまうことを述べているが、今回の加納選手の前を走ったことについて、自分の記録はあきらめてペースメイクに徹したことは否定していない。
私は、女子のトップと一緒に走ることでテレビにうつることを目的とする選手が他にもたくさんいることを知っているし、実際それができる実力の人たちをうらやましくも思う。ただし自分の実力を最大限発揮するというスポーツの本来の精神からははずれた行為だと思うので、はっきり言って下品だとは思う。
医局秘書面接
2007年9月10日月曜日
現在の医局秘書さんが今月で退職してしまうので、9月2日の新聞折込求人広告で募集したところ、5通の応募があった。うち2人は条件が合わずに書類だけで丁重にお断り。残りの3人の面接を今日行った。
人を選ぶ側に回るのは事実上初めての体験。3人全員がたまたま30台前半の同い年。それぞれに、勤務可能日、お子さんの有無、給与の希望、などが微妙に一長一短あり、迷うところではあったが、結局は現在の教授秘書さん、教授たちの意見がまとまり、一人にお願いすることにした。たまたま今度退職する医局秘書さんも、面接場所まで3人をそれぞれ案内しながら同じ人がいいと思ったそうで、よかったと思う。夜に電話して快諾頂き、ここ数週間の懸案落着。ほっとしている。
大阪より帰還
2007年9月3日月曜日
今日の始発の新幹線で大阪から帰ってきた。昨晩寝たのが3時近くだったので心配だったが、なんとか5時に起きあがることができた。東京方面始発ののぞみは満席。指定をとっておいてよかった。新幹線の中では新宿鮫シリーズが面白くてあまり眠らなかった。品川には8時半に着いて、そのまま病院へ。
10日以上病院を離れていたので浦島太郎の気分。でも留守の間に特別のことは起きていなくて一安心。受け持ち患者さんはそっくり入れ替わってしまっていたので、まずはご挨拶と病棟の仕事から。やはり臨床の仕事が自分の起点というか基本だと認識した。おかげで世界陸上疲れでへとへと、かと思ったけど、むしろ病院に着いてからどんどん元気になっていった。不思議なもの。ホームグラウンドに帰ってきたと言うことだろう。さらには調子に乗って夜は10km走って帰った。44分とここ数ヶ月の最高タイム。
とにかく世界陸上の大会期間中は拘束時間が長いのとホテル暮らしに疲れた。おなかもこわしてしまったし。
世界陸上で一番感動したのはなんといっても土佐礼子選手の最後の頑張り。思わず走って競技場に飛び出していってゴール100mのところで迎えた。
二番目に